
伊東四朗
8月15日、ラジオ『伊東四朗 吉田照美 親父・熱愛』(文化放送)が放送された。伊東四朗が終戦記念日にちなんだトークを展開したのだが、その内容が波紋を呼んでいる。
「ラジオの相方の吉田照美さんが『世の中の方向が戦前回帰しているのが非常に怖いなあと思いますね。考え方が。要するに戦争を知らない政治家がいっぱいいるし、世の中にもいっぱい増えてきちゃってるから、同じ方向を歩んじゃう危険を非常に懸念しています』と語ると、伊東さんも『また起きるんじゃないか』と危機感をあらわにしていました」(芸能記者)
1937年生まれで、実際に戦争を知る伊東の一言は重く響いた。さらに話題はロシアのプーチン大統領に及んだ。伊東は「日露戦争(での敗戦)がずっと引きずってるのかね。なんとなく不気味な人だね、あの人は」と評した。
「12日にプーチン氏は13年ぶりにサハリンを訪問し、ロシア太平洋艦隊の演習を視察しました。その際、北方領土について『第二次大戦の結果生じた現実として国際文書に明記されている』と改めて自国領だと主張。ウクライナ情勢をめぐる日本の対露制裁についても、『立場を変えたのは我々ではない』と批判しました。安倍晋三元首相との『建設的な関係』に言及する一方、対日姿勢を崩さない強気の発言には、たしかに“不気味さ”があります」(全国紙記者)
終戦時8歳だった伊東。同番組では当時、昭和天皇の玉音放送を聞いた記憶も振り返った。
「『天皇陛下の声を聞かせていただきました。前が石屋さんだったので、石の上に腰掛けて、誰かが持ってきたラジオを、その上に載せて、街じゅうの人たちが集まってきましたけどね、ただラジオの性能も悪くて、何をおっしゃってるのか分からなかったのが印象でした』と、80年以上前の光景を鮮明に語っていました」(同前)
1945年3月10日の東京大空襲時、7歳だった伊東は、下谷区(現・台東区)で一夜にして街が火の海と化す光景を目の当たりにしたという。
「15日配信の『週刊女性PRIME』では、空襲が収まり警報が解除され、住民たちが外に出てきた後の凄惨な体験も語っています。電線に引っかかっていた焼夷弾が近所の男性の頭に落ち、みんなが見ている前で、その男性の頭が半分吹き飛んだというのです。
こうした実体験に基づいて戦争の記憶を語れる人は年々少なくなっています。例年、終戦の日が近づくと戦争を題材にしたドラマや大型特番が数多く放送されていましたが、そうした番組も少なくなり、戦争の記憶は薄れつつあるのが現状です」(同前)
伊東の戦争体験にはX上で
《戦時中のことを知る世代が減ってきた今、こういうお話が聞けるのは貴重ですよね》
《戦争は駄目です》
といった声が寄せられていた。
伊東の危惧が杞憂に終わることを祈りたい――。
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