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【就職氷河期の逆転劇】タランティーノも振り向いた!「石川の顔」人気MCの“回遊魚人生”

芸能 記事投稿日:2026.09.13 06:00 最終更新日:2026.09.13 06:00

【就職氷河期の逆転劇】タランティーノも振り向いた!「石川の顔」人気MCの“回遊魚人生”

タランティーノ監督を”振り向かせた”越村えり

 

「本当に目の前にある仕事をコツコツやってきただけなので、まさかこんなふうになれるなんてびっくりです」

 

 こう笑顔で話すのは越村えり。現在、『ノコトラジオ』(MROラジオ)の火曜〜木曜パーソナリティや『越村えりの笑直生活』(北陸放送)、『越村えりのおしゃべりシネマ』(石川テレビ)などで活躍している。越村は最初からこの仕事を目指していたわけではなく、中学生のときに一度だけ、モデルの経験をした。

 

「そのときに『今はモデルの仕事よりも勉強が大事だよ』と言われて。まだ13歳だったので確かにそうだなと思って『勉強します』と、普通の高校生生活をしっかり楽しみました」

 

 短大に入学し、アルバイトをしようとたまたま見つけたキャンペーンガールの募集に応募。その事務所が、中学生のときにモデルの仕事をし、現在も所属している事務所だった。

 

「『覚えてる?』と言われて、まったく覚えてなくて(笑)。そこからキャンペーンガールを始めて、事務所が勧めてくれたMCのレッスンを受けるようになりました。私はどちらかというと世間知らずの普通の短大生だったので、『MCって何?』という感じで(笑)。そんな私がステージの進行なんてムリと思いながらも、レッスンを受けながら短大時代を過ごしました。じつは高校時代の途中からフライトアテンダントを目指して英語を勉強していたんです。でもそのころは本当に就職氷河期で、航空会社が新卒を採用しない時代で。真剣に夢を変えないといけないなと思っていた時期でした」

 

 就職先をどうするか。そんな悩みを抱えながらも、短大時代はキャンペーンガールのアルバイトを続けた。

 

「私はちっちゃい目標を作るのが好きで。例えば、携帯電話のサンプリングを一日配っていると飽きてきますよね。でもそれを誰よりも早く配るにはどうしたらいいか、どうやったら人は受け取ってくれるんだろうかと、いちばんサンプリングをさばける人になりたいと考えていました。キャンペーンガールをしながら知識を増やして、他社の製品と比べてどこがお薦めどころなのかを研究していったら、売上がずっと1位だったんですよ。契約数を求められていたわけではないんですが、ただ一人でやっている目標が欲しくて、契約を取ることをやっていました」

 

 この“ちっちゃい目標を作る”ことが、後の芸能人生につながっていく。越村はMRO北陸放送の映画番組のオーディションに合格し、テレビの仕事をスタートさせた。そんなある日、映画『キル・ビル』のジャパンプレミアの取材のため東京に向かった。

 

「最初に配給会社さんから、『今日は(クエンティン・)タランティーノ監督は誰のインタビューにも答えません』って言われたんですよ。私は朝からサンダーバードに乗って東京まで来てるのに、答えてくれないの?と思って(笑)。もしかしたらこうなるんじゃないかと思って、『キル・ビル』でユマ・サーマンが着ていたブルース・リーのオマージュのつなぎの衣装を買ってきて、服飾専門学校の同級生に作り変えてもらっていたんです。それを着てレッドカーペットへ行くと、タランティーノがいちばん遠くから来て、MROのカメラにだけ答えてくれたんです。このときに、キャンペーンガール時代と同じでひとつひとつ、ちゃんと目標を作ることは大事だなって。とにかくやらなくちゃいけない目標をクリアすることを考えてやってきました」

 

 その後、番組が終了すると、福井テレビの情報番組のオーディションを受け、レポーターとして3年ほど活動する。このときは最初の1〜2年で自分の中身のなさを痛感したという。

 

「今まで勢いとやる気だけでやってきましたが、中身がない人間すぎるとずっと怒られていた気がします(笑)。本当に下積みと言うか、福井県に鍛えられ、育てられたと思っています」

 

 その後、石川テレビで新しくスタートする情報番組『石川さん情報Liveリフレッシュ』のキャスティング会議に出席していた人が、旅行先や帰省先でたまたま彼女が出演している番組を見ていたことで名前が上がり、出演が決まる。

 

「番組の出演が決まり、実家のある石川県に帰ってきました。そういう声がなかったら、やっていなかっただろうなと思います。17年間やらせていただいたこの番組が終わるときに、周りの方が『越村、大丈夫か?』と心配してくれたことをいちばん覚えています。私一人でここまできたのではなくて、仕事に関わっている皆さんが『越村、次はどうする? これやってみるか?』と仕事を繋いでくれて。そのときに一人じゃないと本当に感じました。私は仕事の関係者、視聴者の皆さん、石川県の人たちに育てられたと思っています」

 

 石川県に育てられたと語る彼女に石川県の魅力を聞いてみた。

 

「石川県は能登、加賀、金沢の3つの区域に分かれています。能登は沖縄に負けない海があって、心がふっと溶けるようなことが待っています。加賀は工芸品と触れ合える町。金沢は犀川や浅野川、金沢城址公園などから景色を眺めてタイムスリップ、プチトリップができます。あとは温泉も素晴らしくて、私がお薦めしたいのは3つ。白山スーパー林道にある『中宮温泉 にしやま旅館』。まだ土砂崩れの影響で開通していない『岩間温泉』。もう一つは500円の源泉かけ流しの銭湯『金沢温泉金石荘』。天然の保湿成分のメタケイ酸が多く含まれ、トロットロのしょっぱい温泉が出てきます。ここは超ローカルで地元のおばあちゃんしかいませんが、化粧水いらずです(笑)」

 

 現在は、『ノコトラジオ』で、20歳のころから憧れていたラジオパーソナリティを務める。

 

「パーソナリティの人柄とリスナーで作っていく番組に憧れがありました。この歳になってラジオに転身して、その深さを感じています。リスナーさんがどんな暮らしをしてどんな話が刺さるのかが見えなさすぎて、地図のない山を歩いている感じ。1年半経って、やっと自分のマインドを出して向き合えるようになったと思います」

 

 ここまで人とのつながりに支えられながら、ノンストップで進んできた彼女は、自分の性格を「回遊魚」に例える。

 

「思いついたら寝かさない、すぐに行動に移すタイプだと思います。今やっている『笑直生活』の企画も、考えたらパッと調べてすぐに材料を揃えて試作をしてみる。失敗したら、うまくいくように考える。高校1年と中学1年の娘の情報や話題にもすぐ飛びつく。回遊魚的に毎日、何かをやっていますね(笑)」

 

 最後に「全国区を目指すか?」を聞いてみると「思ったことはまったくない」と即座に答えが返ってきた。

 

「石川県で生まれて、地元の皆さんにかわいがってもらえて、行く先々で娘みたいにしてもらってきました。石川県を離れる気はサラサラないというか、ずっと石川県にいたいと思いますね。若いころ、映画番組で東京に通っていたころに東京を感じて、時間の流れがすごく早いと思ったんです。東京に行って刺激を感じてまた石川県に戻るのが私には合っていると感じて。帰るとほっとする石川県が私には合っています。私は縁があってずっとこのお仕事をさせていただいていて、たまに先が見えないなんてことも考えます。でもそのまま回遊魚らしく、今あるところを泳げるだけ泳いでみて、その先に海がなかったらまた考えようと思います」

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出典元: 週刊FLASH 2026年9月22日号

著者: 『FLASH』編集部

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