
「現在は64.5kg。適正体重まであと2kgです(笑)」と語っていたグレート義太夫さん
9月9日、たけし軍団・ラッシャー板前さんがご自身のインスタグラムを更新。7日に亡くなられた、同軍団のグレート義太夫さんの葬儀に向かう報告をしていました。ラッシャーさんは、
《今日、義太夫さんとの ひとまずのお別れに行きます そう ひとまずです 義太夫さんとは本名が同じ鈴木 殿にお世話になったマンションでいっしょに生活しましたね ワンルームの部屋に2段ベットを入れ 下が義太夫さんで 上が私 下からのすごいイビキ 良い子守唄でした 今は悲しく 寂しく 信じられない 義太夫さんゆっくり休んでください》
と、あふれる思いを綴っていました。
師匠のビートたけしさんにお世話になったマンションで、義太夫さんと共同生活をしていたラッシャーさん。筆者は以前、その時代のお話をラッシャーさんにお聞きしています。
「たけしさんは、インスタント焼きそばを食べるときに高級食器のマイセンのお皿を普通に使ったりするんですよ。俺が皿を洗うときに割ることもあって。それで、たけしさんに報告するんだけど、『殿、マイセンのお皿を割らせていただきました!』『いただくんじゃねぇ。この野郎!』って(笑)」
ほかにも、たけしさんの大切な品をめぐる失敗談があったといいます。
「たけしさんがウォークマンをフジテレビの楽屋に忘れてきて、それを俺が取りに行ったんですよ。それでウォークマンを紙袋に入れて外に出たら雨が降ってきたんです。『やばいな急ごう』と思って走ったら、雨で袋が濡れてたから破れてウォークマンがバァーンと道路に落ちたんですよ。
確認すると音は出たんですが、少し傷がついてたんです。でも、これぐらいなら大丈夫かなと思って『取ってきました』ってたけしさんに渡したら『お? お前、これ落とした?』って言われて。俺はそこで『はい』というつもりだったのに『いえ』って(笑)。
人間はわからないね。心では『はい。すいませんでした』って言うつもりが『いえ』って言っちゃたんですよ。これはいまだに謎(笑)。それでたけしさんは、もう一回傷ついたところを見たけど、なんにも言わなかったの。
それで、たけしさんのマネージャーさんに相談したら『お前、これからたけしさんに一生ついていくんだろ。ちゃんと正直に言え』って言われて。それでたけしさんがトイレに行ったときに、俺はトイレの出口のところで土下座して『殿、わたくしは、ウソをついておりました!』って。それでも『おう』って言っただけで、なにも言わなかったんですよ。『絶対怒ってるわ』と思って。
そしたら後日、ラジオでそのことを笑いにしてくれたんでホッとしました。それから、たけしさんがいろいろなところでも話してくれて。俺が言った『わたくしは、ウソをついておりました!』をさんまさんがマネして番組で言ってくれるようになったんです」
そんな数々の失敗をして落ち込む若き日のラッシャーさんを、義太夫さんはいつも優しい笑顔で温かく見守っていてくれたそうです。
筆者は10年近く前になりますが、三又又三さん主催のトークライブで義太夫さんと共演させていただいたことがあります。そのライブは『人志松本のすべらない話』(フジテレビ系)のような形式で、最後にMVPを決めるといったライブでした。
失礼な話ですが、筆者は義太夫さんに、音楽や体を張る芸のイメージを抱いていたため、トークライブに出演されることを不思議に感じていました。
しかし、ふたを開けてみれば義太夫さんのトークは大爆笑をさらって大いに盛り上がり、その日のMVPに輝いたのです。義太夫さんが残した数々の笑いと温もりは、これからも語り継がれていくことでしょう。心からの感謝とともに、ご冥福をお祈りいたします。
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