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『ラストノート』ラスト10秒にもやもや! 内田有紀と寺西拓人の意味深な後ろ姿…これってハッピーエンドなの?【ネタバレあり】

芸能 記事投稿日:2026.09.18 14:25 最終更新日:2026.09.18 14:29

『ラストノート』ラスト10秒にもやもや! 内田有紀と寺西拓人の意味深な後ろ姿…これってハッピーエンドなの?【ネタバレあり】

ロケをする内田有紀と寺西拓人

 

 内田有紀とtimelesz・寺西拓人のダブル主演で「大人の純愛ドラマ」を謳っていた『ラストノート』(フジテレビ系)。9月17日(木)に最終話(第11話)が放送され、完結した。

 

 ラスト10秒。一見するとハッピーエンドっぽい雰囲気だったのだが、個人的にはなんだかもやもやしてしまった。

 

■【ネタバレあり】澄晴は海外へ旅立つことに

 

 女性を騙して、安物の絵画を高額で売りつけるロマンス詐欺まがいのことをしていた澄晴(寺西)。葵(内田)は親友(坂井真紀)が澄晴に騙されたので、お金を取り戻すために何も知らないフリをして彼に近づき――という最悪の出会い方をした2人。それから改心した澄晴と葵は心を許しあうようになり、物語中盤で想いが通じ、交際に発展。

 

 だが、最終話で澄晴は絵の勉強のために海外に行くことになり、はなればなれに。旅立つ前の澄晴と葵はこんな会話を交わしていた。

 

葵「いまからでも、必死に夢と向き合ってみようって思うの。自分の力で香りを取り戻して、いつか、あなたの前で心から笑いたい。並んで前を向いて、歩いていける、そういう2人になりたい」

 

澄晴「自分の夢は、自分で取り返す。1人でも歩いていけるけど、ただ好きだから隣にいる、そういう2人に俺はなりたい。俺、東京離れて、絵の勉強してくる。必死で」

 

葵「うん。いつか、笑い合える日まで」

 

■2年後に帰国した澄晴の新たな夢に「??」状態

 

 物語は2年後にジャンプして澄晴が帰国。問題はここからだ。葵は2年間で調香師に戻るという夢を叶えており、さらにオーダーメイドのパフュームショップを開くという、新たな夢も実現した。

 

 そのため、このままお互いに自立した2人が再会してハッピーエンド……になるかと思いきや、海外から帰ってきたばかりの澄晴が、今度は若手アーティスト発掘・育成という次なる夢を見つけたようで、再び遠方に旅立つというのである。

 

 自分の絵画の腕を磨きにわざわざ海外へ武者修行にいっていたはずだったのに?

 

 帰国したら自身の作品で勝負するということではなく、夢が後進育成にスライドしたわけだ。海外で才能の限界を感じて挫折したのかもしれないが、そういった描写はなかったし、後進を育てるという新たな目標を見つけたこともポジティブな雰囲気で描かれていたので、澄晴にどんな心境の変化があったのか、いまいちわからない。

 

■再会するも…これってハッピーエンドなのか

 

 そんな状態のまま葵と澄晴はなかなか再会せず、ようやく顔をあわせたのはラスト50秒を切ってから。フラワーガーデンで葵が「おかえり、澄晴」と声をかけて、久しぶりに会うことができたのだが、2人の会話は描かれず。

 

 葵の《香りのように重なりながら、最後の余韻へとたどりつく。夏も、恋も、夢も。》というナレーションが流れ、ラスト10秒で2人が並んで歩くバックショットが映し出され、そのまま終幕した。

 

 一見すると、2年前の別れ際に語りあっていたとおり、それぞれが自立することができ、笑顔で再会して並んで歩いていくという幸せなラストシーンにも思える。

 

 けれど、引っ掛かったのはバックショット時の2人の距離感だった。並んで同じ方向に向かって歩いていたものの、手をつなぐなどのスキンシップをしていないのだ。

 

 2年ぶりに笑顔で再会するも復縁の会話はないし、キスやハグどころか手つなぎもない。さらに澄晴はまたどこかに行ってしまうことが確定している。しかも、葵のナレーションでは《恋》も最後の余韻だと語られている。これってハッピーエンドなのか?

 

■タイトルに引っかけて余韻を残そうとした?

 

 男性主人公が詐欺師だったというショッキングな幕開けをし、佐々木蔵之介演じる澄晴の毒親と、澄晴に騙されたのに恋心が燃え上がっていた坂井真紀演じる葵の親友が、エキセントリックな振る舞いで物語を搔き乱していた本作。

 

 だが、毒親は第9話で善人化したうえで亡くなり、同じく奇行にホラー味があった親友も第10話で善人化しており、不穏なキャラクターが不在となっていたため、ありがちな大団円のハッピーエンドになりそうな気配があった。

 

 もしくは、第三者の妨害などは関係なく、2人がきちんと話し合った結果、正式に別れてそれぞれの道を進むというエンディングもありえそうだった。

 

 結果はそのどちらでもなく、復縁したようなしていないような、曖昧なラストだったわけだ。タイトル『ラストノート』に引っかけて、はっきりとした結末を描かないことで視聴者に対して余韻が残るようにしたのだろう。

 

 もちろん、結末を明確に描かないという手法があるのはわかるし、そこに制作陣の美学があるのもわかる。そして、そんなエンディングに曖昧だと指摘することが無粋だという意見があるのもわかる。しかし、それでも筆者と同じようにもやもやしている視聴者もいるのではないだろうか。

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出典元: SmartFLASH

著者: 堺屋大地

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