
「50代を迎え、外見だけじゃなく、健康にも気を使うようになりました」といしだ壱成(写真・長谷川 新)
1992年、17歳で俳優として芸能界デビューした、いしだ壱成は、デビュー翌年、1990年代を代表する大ヒットドラマ『ひとつ屋根の下』(フジテレビ系)へ出演。一躍、注目を浴びた。
父・石田純一譲りの端整な顔立ちに加え、レディス服などを取り入れたファッションセンスから、1990年代には“フェミ男”として、若者たちのカリスマとなった。
「僕自身は“フェミ男”と呼ばれることには当時、抵抗があって、じつはそういうイメージが大嫌いだったんです(笑)。ブームとして取り上げてくれたことはありがたかったですけどね」
さまざまなドラマや映画に引っ張りだことなるなか、彼は見た目に関する、ある悩みを抱えていたのだ――。
「25歳ごろから、薄毛が気になるようになりました。今後、俳優としてのキャリアをどう積んでいけばいいのか、とても悩みましたね。これはすべての若手俳優が通る道だと思いますが、年齢を重ねるにつれて、それまで演じていたような役柄のオファーは少なくなっていくんです。若さが失われていくなかで、見た目や演技の幅をどうアップデートしていくかは、僕自身にとっても大きな壁でした」
大胆なイメージ転換にも勇気がいる。俳優として年齢をどう重ねていくのか、答えを見つけられないまま、薄毛は進行した。そして、そんな壱成の見た目に対し、世間からは痛烈なバッシングもあった。
「SNSに『ハゲ』『キモい』と書かれることが多くなっていきました。バラエティ番組でも、芸人さんから『ハゲ』と連呼されたこともあって、いつの間にかそういったキャラクターとして浸透していってしまったというか……。薄毛は自覚していましたが、あらためて人から指摘されると、やはり精神的にきついものがあり、だんだん心を病んでいってしまいました」
イケメン俳優でも、残酷な“老い”の洗礼からは逃げられなかったのだ。
■ネガティブな言葉を並べる壱成に、父・純一は「仕事来ないぞ」と一喝
一方で、20代から発症していたうつ病の症状も悪化し、一時は芸能界引退がささやかれるほど精神的に追い詰められた壱成。父・純一からも厳しい言葉があった。
「芸能活動を休止していたときに父と電話をした際、当時の僕は本当に自信がなく、『どうせハゲてるし』『もう芸能人のオーラなんか微塵(みじん)もない』と、とにかくネガティブな言葉を並べていました。父は『そんな調子で表舞台に立っても、なんの魅力もないし、仕事来ないぞ』と、はっきり指摘してくれましたね」
そんな矢先、植毛クリニックから広告出演のオファーが舞い込んだ。2022年、施術を受けるために向かったのは、なんとトルコだった。
「現地のクリニックに案内されると、お城のような立派な建物で驚きました。ぜんぜん知らなかったんですが、トルコは植毛大国で、一家3世代にわたって植毛クリニックを経営しているところも多いそうです」
現地に飛んだ壱成は、約6時間の施術など、半日以上をかけて植毛をおこなった。
「自分の後頭部の毛を採取して、それを一本一本頭皮の毛穴に移植していく、気の遠くなるような作業でした。術後、頭は血だらけになりましたが、かさぶたになってしまえば、その後はわりと安定します。1年もすれば自分の毛が生えてくるようになりましたね」
髪を取り戻したことで変わったのは、見た目だけではなかった。
「気持ちもポジティブに変化していきました。少し自信がつくと、今度はスキンケアに力を入れてみようとか、より見た目を磨くことが楽しいと思えてきたんです。雑念が消えて、頭のなかまでクリアになったという感じがありました」
若く見られたいというだけではなく、50代を迎える自分の体に目を向けるようになった結果、実生活にも好循環が生まれるようになった。
「かつて共演した観月ありささんや瀬戸朝香さん、酒井法子さん、大路恵美さんらとは、いまは若いころのように気軽に声をかけ合えて、頻繁に連絡も取り合っています。以前の自分だったら、自信を持って話せなかったと思うんですよね」
かつての仲間との交流に加え、新たな仕事の縁も広がっている。
「会食の場でも声をかけてもらい、仕事のオファーにつながることも増えました。不思議ですけど、自分のマインドが変わるとご縁が増えて、ポジティブな連鎖が起こるんです。僕も仕事に対して、貪欲になりました。ドラマ『未成年』(1995年)や『聖者の行進』(1998年、ともにTBS系)でお世話になった脚本家の野島伸司さんにもお会いして、いまの自分をアピールしたいですね」
壱成は51歳になった。誰もが通る、老いによる見た目、メンタルの変化について、こう語る。
「本当にどうしようもなく、どん底にいた僕でも幸せになれました。芸能人という“違う畑”の話だと思ってほしくなくて、どなたでも変われるはずです。植毛、スキンケア、筋トレなど、きっかけはなんでもいい。過去の僕も『どうせ……』と逃げていましたが、一歩、踏み出したら人生が変わりました。いま、悩まれている方にも、これからの人生をあきらめないでほしいですね」
若さは戻らない。それでも、年齢を重ねた自分をどう受け入れ、どう変えていくかは選べるのだ。
取材/文・瑠璃光丸凪、昌谷大介(A4studio)
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