
村上春樹(写真・共同通信)
10月8日、2026年のノーベル文学賞が発表され、カナダの詩人で作家のアン・カーソン氏が選ばれた。長年、受賞への期待が寄せられてきた村上春樹氏は、今年も受賞に至らなかった。
ノーベル文学賞は、アルフレッド・ノーベルの遺言にもとづき、1901年に始まった。スウェーデン・アカデミーが、作家が積み重ねてきた文学的業績を評価して受賞者を選ぶ。これまで日本人では川端康成と大江健三郎が受賞している。
「10月8日、東京の紀伊國屋書店新宿本店では、ノーベル文学賞の発表を見守るパブリックビューイングが開催されました。村上氏のファン『ハルキスト』も朗報を待ちましたが、期待した名前は呼ばれませんでした。
村上氏への期待が大きく高まったきっかけの一つが、2006年のフランツ・カフカ賞受賞です。それ以降、毎年のようにノーベル文学賞の有力候補として名前があがり、今年で21年目。発表を待つファンの集いも、秋の恒例行事として繰り返し報じられてきました」(文化担当記者)
しかし、長く続く “受賞待ち” に、Xでは冷ややかな反応も寄せられている。
《どうして毎年とれると思うのかが謎》
《もはや受賞逃すのが風物詩となってる》
《こういうアピール自体が選考の邪魔になってると思う》
そもそも、有力候補という評価は、選考側が公表した順位を意味しない。文学賞の推薦や選考に関する情報は50年間非公開。村上氏が今年どのように評価されたのか、受賞まであと一歩だったのかは、現時点ではわからない。
「村上氏は『ノルウェイの森』『海辺のカフカ』『1Q84』などの作品で、国内外に多くの読者を持つ作家です。作品を愛するファンが受賞を願い、同じ思いを持つ人たちと発表を見守ること自体は自然な楽しみ方でしょう。
ただ、毎年『今年こそ』と期待する姿が紹介され、受賞に至らなず落胆する様子が報じられることが恒例となっています。その一連の報道を繰り返し目にした人から、食傷気味の反応が出てしまう面もあるのでしょう。
ファンにとって大切な集いであっても、その場の思いが報道だけですべて伝わるとは限りません。また、応援の熱量が、そのまま受賞の可能性を示すわけでもありません。ファンが期待を共有する場としての意味と実際の選考の行方はわけて考える必要があります」(同)
今年選ばれたカーソン氏は、古典文学の素養を背景に、詩や散文、翻訳などの枠を超える作品で評価されてきた作家だという。一方、日本では村上氏の作品よりハルキストの残念な姿がニュースになる。その光景こそ、SNSで “風物詩” と皮肉られているようだ。
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