かつて実姉と漫才コンビ「海原千里・万里」を組んでいた上沼恵美子(写真・共同通信)
しゃべくり漫才で一世を風靡し、レギュラー番組は約13本。人気絶頂で表舞台を去った元人気タレントが、76歳のいま、かつての相方と再び観客を楽しませている。実の妹・上沼恵美子と「海原千里・万里(うなばらせんり・まり)」を組んでいた、万里こと芦川百々子(あしかわ・ももこ)だ。
「10月27日、大阪・フェスティバルホールで開かれた上沼さんのコンサートに万里さんは登場し、故郷・淡路島の思い出を語りつつ、『ふたりの故郷』をデュエットしました」(芸能担当記者)
2人は1971年にデビュー。姉の芦川が万里、妹の上沼が千里を名乗り、姉妹漫才で人気を集めた。歌手としても活躍し、1976年の『大阪ラプソディー』は40万枚を超えるヒットとなった。
「ビートたけしさんは2人の漫才を『うまかった』と評価しています。島田紳助氏も下積み時代、セリフをノートに書き起こして研究し、紳助・竜介の漫才の土台にしたといいます。爆笑問題の太田光さんも、どつきに頼らず、しゃべりだけで笑いを生む2人を、漫才史における革命的な存在として評しています」(同前)
「天才少女」と称された妹・千里の奔放な発想を、笑いへと変えるのが姉・万里だった。妹の話の飛躍を受け止め、切り返す。千里の才能を漫才として成立させるうえで、姉のツッコミは欠かせなかった。
1977年、姉妹はそろって結婚し、わずか6年でコンビを解消した。上沼は関西テレビのディレクターだった上沼真平氏と、万里はタレントの夢大作と、それぞれ家庭を築いた。
「翌年、姉妹の道は分かれます。上沼さんは芸能界に復帰し、家庭の愚痴を笑いに変える本音トークと毒舌で人気を集め『関西の女帝』と呼ばれるまでになり、『NHK紅白歌合戦』の司会も務めました。一方、万里さんは夫の実家がある浜松で暮らした後、東京へ。主婦業を中心に、ときに妹の番組やコンサートに出演していました」(同前)
妹は大阪の豪邸、姉は東京のマンションへ。対照的な暮らしのなか、上沼が姉を援助したこともあった。2019年、上沼は『上沼・高田のクギズケ!』(読売テレビ)で、金銭をめぐって8年ほど仲が悪かったことを告白している。
疎遠になった姉妹を再び結びつけたのは、母の介護だった。それをきっかけに、再びコンサートで共演するように。
「2022年、新たな交流の場になったのがYouTubeの『上沼恵美子ちゃんねる』です。大阪と東京で離れて暮らす姉に、元気なうちに会いたいという上沼さんの思いがきっかけでした。2023年7月公開の動画では、万里さんがスーパーの店員にイヤミを言われた体験を告白。上沼さんは『顔、ブサイクなのに関東弁やろ』と毒舌をまじえ、姉の怒りを笑いに変えていました」(同前)
コンビ解消から49年。かつてお茶の間を沸かせた姉妹は、ともに表舞台に立つ喜びをかみしめている。
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