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「LUNA SEAのお母さん」東海林のり子が語る、真矢さん「最後の姿」…3年前に妻・石黒彩が見せた “異変” も【闘病秘話】

インタビュー 記事投稿日:2026.03.03 06:00 最終更新日:2026.03.03 06:00

「LUNA SEAのお母さん」東海林のり子が語る、真矢さん「最後の姿」…3年前に妻・石黒彩が見せた “異変” も【闘病秘話】

2月17日に亡くなった真矢さん(写真・本人Instagramより)

 

「真ちゃん(真矢)の訃報を聞いてから、ずっと涙が止まりません。いくら泣いても止まらない。まだ家から一歩も外に出られないままでいます」

 

 そう声を震わせながら語るのは、長年ワイドショーのレポーターとして活躍してきた東海林のり子さん(91)だ。ロックバンド「LUNA SEA」のドラマー・真矢さんが亡くなったのは、2026年2月17日。享年56。

 

 真矢さんは2025年9月に脳腫瘍と診断され、その際、2020年にステージ4の大腸がんが見つかり、闘病生活を送っていたことも公表した。あわせて、7回の手術に加え、抗がん剤治療と放射線療法を併用しながらライブ活動を続けてきたことも明かされた。

 

 東海林さんは、ビジュアル系バンドとの親交が深く、“ロックの母(ロッキンママ)” とも呼ばれる存在だ。X JAPANのHIDEから「いいバンドがいるから紹介する」と声をかけられたことをきっかけに、デビュー間もないLUNA SEAと交流が始まったという。それ以来、30年以上にわたって強い絆で結ばれてきた。

 

「LUNA SEAが『MOTHER』(1994年)という曲を出したときに、宣伝用の写真でメンバーと一緒に、私が真ん中にいる写真を撮ってくれたの。当時は『LUNA SEA』に入れ込んでたおばちゃんだったから、タイミングとしてよかったのかもしれないけど、私はすごく嬉しかったな。『そうだ、私はLUNA SEAのお母さんだ』って思って」

 

 以来、東海林さんは、メンバーにとって本当の “ママ” のような存在になっていった。

 

■楽屋には妻・石黒彩が…3年前に感じた “異変”

 

 2月23日、東海林さんは自身のXに1枚の写真を投稿した。2022年12月、さいたまスーパーアリーナで開催されたLUNA SEAのライブ「黒服限定GIG 2022 LUNACY」。その楽屋で撮影された、真矢と妻・石黒彩、そして東海林さんが並ぶ貴重な3ショットである。

 

「今、振り返るとね、思い当たることがあるの。いつも明るい笑顔を見せる真ちゃんが、この写真では笑っていないでしょう? それに、私が楽屋へ挨拶に行くと、いつも真ちゃんは『ママー!』って駆け寄ってくるんだけど、このときはその声がけがなかったの。

 

 あと、真ちゃんの隣に彩ちゃんがいるのは珍しいことだったから、『あら、よっぽど夫婦仲がいいのね』って茶化したんだけど、2人とも反応が薄かった。真ちゃんはライブの後だから疲れているんだろう、とそのときは気にしなかったんだけどね」

 

 さらに、妻・彩の様子にも変化を感じていたという。

 

「本人が頑張っているからこそ、私に病気のことを言ってはいけないと思ったのでしょう。彩ちゃんと一緒にライブを観ることもありましたが、それまでと変わらない笑顔でした。夫婦だから、ときどきは何かあったかもしれないけど、真ちゃんの病気を知って、彼女は覚悟を決めていたんだろうなと思います」

 

 東海林さんには、もうひとつ気になる出来事があった。

 

「2025年2月22日、東京ドームで行われたLUNA SEAとGLAYの対バンライブ『The Millennium Eve 2025』のときも、楽屋でのメンバーの様子がいつもと違ったの。LUNA SEAのRYUICHIくんは、喜怒哀楽をはっきり出す人じゃないんだけど、この日はすごくニコニコしながら私をきつく抱きしめたの。いつものスタイリッシュなRYUちゃんじゃない、と思ったのよ。

 

 それに、LUNA SEAのマネージャーに何度も『真ちゃんは?』って聞いても、なかなか会えなくて。LUNA SEAもGLAYも、いつもとは雰囲気が違っていたの。きっと彼らの気持ちのなかで、『(真ちゃんのために)ぱーっと明るくやろうぜ!』という思いがあったんじゃないかしら。暗黙の了解だったのかな」

 

■真矢、最後のステージ

 

 2025年11月8、9日、幕張メッセでLUNA FES『LUNATIC FEST. 2025』が開催された。この日、東海林さんはステージに上がっている。

 

「『最後の呼び込みを東海林さんにやってもらいたい』って言われてね。大役を仰せつかって、何万人の前だったから、足が震えましたよ。

 でもね、最初はそのオファーを断ったの。だって、真ちゃんがいるじゃない。いつもライブではMCで笑いを取る真ちゃんがやったほうがいいから。

 

『いや、私じゃないでしょ、真ちゃんでしょ』って言ったとき、そこにいたスタッフがみんな黙っちゃったの。私は、真ちゃんがそこまで体調が悪いとは思ってなかったの。

 

 結局、私がやることになって、最後にメンバーを呼び込んだのね。『みんな元気出しなさいよ! LUNA SEA!』って。そしてメンバーが登場したの。

 

 真ちゃんはこの日、ドラムは叩かなかったけど、マイクで挨拶をしてね。ライブが終わったあと、楽屋に行ったら『真ちゃんは?』『帰りました』って。この日、ファンに力強いメッセージを残したから、まだまだ頑張れるなって思ったの」

 

 奇しくも、真矢が公の場に姿を見せたこの機会が、ファン、そして東海林さんにとって彼との最後の対面となった。

 

■「ママ、ありがとうね」Xのメッセージに返答も

 

 病気のことを知ってから、東海林さんが続けてきたことがある。毎朝、自身のXで真矢に呼びかけるメッセージを投稿していたのだ。

 

「見舞いに行くのも煩わしいだろうと思って、それで毎日Xに投稿することにしたの。朝起きたとき、何を真ちゃんに伝えようか、最初のころはすごく悩んだのね。鳥の声がしていたら『真ちゃん、小鳥が鳴いてるよ』だけでもいいかと思って。

 

 負担になるかなとも思ったけど、ファンの人たちも毎日その投稿を見てくれていたので、続けたの。本人からも数回『ママ、ありがとうね』ってメッセージがきました」

 

 東海林さんの投稿には、ファンからも「一緒に応援している」という声が相次いだという。

 

 いつものように投稿しようとしたその日、スマートフォンに異変が起きた。それは訃報の公式発表の前日だった。

 

「突然、文字が打てなくなったの。友人が直してくれたけど、私は真ちゃんがひと足早く教えてくれたんじゃないかと思って。そういう不思議なことってあるのよ」

 

 真矢は、ビジュアル系バンドのなかでは珍しく、バラエティ的なノリも持ち合わせた存在だった。激しいドラムプレイとは裏腹に、つねに笑顔を絶やさない “愛されキャラ” でもあった。

 

「私はね、真ちゃんには “作っている部分” もあったと思うの。いつも明るくて、ニコニコしていて、楽しそう。そんなイメージを守ろうとしていたんじゃないかしら」

 

 そして東海林さんは、最後にこう話す。

 

「私が長生きできるのは、彼らの力ですよ。LUNA SEAの力。『私、まだまだ生きるからね!』って、真ちゃんに言ってるんです」

 

 真矢さんはなんと答えるだろうか。東海林さんは少し考えて、こう言った。

 

「ずーっと生きててよ!」

 

 いつも笑っていて、周囲を笑わせて――。石黒が支えた真矢さんは、東海林さんの、そして多くのファンのなかで生き続ける。

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出典元: SmartFLASH

著者: 『FLASH』編集部

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