
毒蝮三太夫
「お待たせしました!」
3月31日に90歳の誕生日を迎える毒蝮三太夫さんが、元気にタクシーから降り立った。場所は、東京都墨田区の事務所前。まずは、毒蝮さんと「よくお花を買うんだよ」と言う「花家タナカ」へ向かった。毒蝮さんの十八番、街頭インタビューをテーマに撮影したのだが、たちまち毒蝮さんの本気スイッチがオン。
「長いつき合いになるよねえ。で、景気はどうなの?」
仕事モードでマイクを向ける姿は、卒寿には見えない。
「もうすぐ90歳になる気持ちって聞かれてもねぇ」
毒蝮さんは、しばし宙をにらんだあと、言葉を続けた。
「戦後すぐのころ、人生はわずか50年だったよね。それが80年になって、いつの間にか100年になっちゃった。90歳っていうことは、100歳まであと10年だろ。いままで100歳なんて考えたこともなかったけど、現実として、俺の上にのしかかってきちゃったんだよなぁ。もしいまね、俺が『90歳になって楽しいですか?』って聞かれたら、迷わず『バラ色の人生じゃないよ。この先、100歳まで長生きするのは地獄だよ』って答えるね。だってさ、考えてごらんよ。いまの長生き老人は、災難の時代に生きてるよ。老人ホームに入る、訪問介護を受ける。それだって年金だけじゃやっていけないよ。『いつまで働かなきゃならないんだ』ってことだよ。そのうえ、近い将来には親が100歳で子どもは70歳っていう家庭もいっぱい出てくる。そうすると、親子そろって介護施設に入ってる、なんてことも現実としてあり得るんだよ」
毒蝮節は、高市早苗首相に対しても容赦ない。
「高市総理は『女性初』ということで人気があるけど、『人気だけで走っている』という危うさがあるよね。俺から見たら危なっかしいよ。
じゃあ、ほか(の党)がいいかと言うと……どうなんだろうね。俺たち庶民はさ、人に優しい政治を望んでるんだよ。それを実現してほしいよな」
毒蝮さんに卒寿の「お祝いムード」はなかった。しかし同時に「これから日本は、どこの国も経験していない超高齢化社会になる。だから俺は120歳まで生きて、日本がどうなっているか見てみたい」と、好奇心は旺盛だ。
「120歳は60歳の倍で『大還暦』っていうんだよ。同じ年齢で親交があった長嶋茂雄監督も、この言葉を知っていたね。105歳で亡くなった、医師の日野原重明先生と仕事をご一緒させていただいたことがあるんだけど、先生も『人間は大病を患わず、事故にも遭わなければ、細胞レベルでは120歳まで生きられる』とおっしゃってたよ。
黒柳徹子さんは『徹子の部屋』(テレビ朝日系)で『100歳まで(番組を)やりたい』と語っていたけど、俺も100歳を目指して仕事を続けたいね。
“大ジジイ” になった俺だけど、まだまだ『ババア、くたばらねえのか』と悪態をつきたいよ。なんせ、30代からラジオ番組で『ババア』って言ってたんだからさ。
だけどね、これを言うのも工夫がいるんだよ。相手の目を見て言うんだよ。目を合わさず、下を見ながらボソボソッと『ババア』なんて言うと、暗くなって盛り上がらないし、『失礼なやつだ』ってなるだろ。そうじゃなくて『こちらは敵意がありませんよ』と相手の目を見ながら『このババア』と明るく言うんだ。
そうすると相手も『アハハ』って笑い飛ばしてくれる。『言われてアタシも元気をもらったよ』なんて言うババアも、いっぱいいるよ」
■立川談志のおかげでいまの俺がいる
毒蝮三太夫。この芸名は、故・立川談志さんがつけた。
「日本テレビの『笑点』で座布団を運んでいたころの司会が、立川談志だった。『本名じゃおもしろくない』ってことで芸名をつけることになったんだけど、『笑点』メンバーも加わって『毒を持ってるマムシにもっと毒をつけちゃえ』ってことで、毒蝮。
最初のころは嫌だったねえ。だけど、あいつがこの芸名をつけなかったら、俺はここまで仕事ができていなかった。あいつのおかげで、いまの俺がいる。談志はあっちこっちで『俺の最高傑作は毒蝮三太夫だ』って言ってた。名前をつけたあいつもすごいけど、それをずっと名乗った俺も俺。たいしたもんだろ(笑)。談志の印象? あいつはプルトニウムだね。平和利用すれば有効だけど、ダメになったときは捨てる場所がない(笑)」
「毒蝮」を名乗る前の1966~1967年、本名の「石井伊吉」として『ウルトラマン』『ウルトラセブン』(ともにTBS系)に出演している。
1936年生まれの毒蝮さんは“戦争を知る世代”だ。
「疎開はしなくて、一家で品川に住んでいたんだ。B-29が500機も飛んできてね、空襲に遭った。逃げまわったよ。そのまわりで亡くなった方もたくさんいた。俺たちはいま、そういった多くの犠牲があって生かされているんだ」
そして『ウルトラマン』を制作した円谷英二氏の「反戦」への秘めた思いも語った。
「円谷さんのご一家は敬虔なクリスチャン。だから『ウルトラマン』の本質は『怪獣退治』じゃないんだよ。戦争というのは『地球人が地球を侵略する』ということ。円谷さんは、作品を通して『(実際には)ウルトラマンはいないし、誰も助けに来てくれない。地球は地球人で守るしかない』と訴えたかったんだ。だから俺も、『俺が知っていることはすべて伝える』ということを大切にしている。こうして取材を積極的に受けるのも、その思いがあるから。新聞や雑誌の発行部数が落ちているといわれるけど、こうして掲載されれば形として残る。これはとても大切なことなんだよな」
元気な90歳に、あえて「理想の死に方」と「仕事の引き際」を聞いた。
「よく『元気で長生き、ピンピンコロリ』が理想の死に方だっていわれるけど、これはこれで迷惑をかけるよね。
だって、外出先でコロリされたら先方にも迷惑をかけるし、倒れた本人も『言っておかなければならないこと』を言ってないから、心残りだからさ。俺は、倒れてから1週間後に死にたいね。そうすればまわりにお別れができるし、言いたいことも言える。でも、苦しんだり痛いのは嫌だよ。延命措置で生かされるのはもっと嫌だね。
仕事は、同じようなことを繰り返して言うようになったらやめようと思ってる。そうならないために、講演会でも言ってるんだけど『3つのベルを鳴らせ』を実践しているんだ。『しゃべる』『食べる』『調べる』。最近はもうひとつ、『トラベル』というのもある。
いろいろなことに興味を持って、たくさんの人と出会って、たくさん刺激を受けることが大切だよね。今は1969年からパーソナリティをしている、TBSラジオの『ミュージックプレゼント』に月に1回、出演しているけど、これくらいがいいペースだね」
2026年1月、毒蝮さんはラジオで共演している玉袋筋太郎との共著『愛し、愛され。』(KADOKAWA)を上梓した。
「技術の進歩で暮らしは豊かになったけど、その一方、コンプライアンス至上主義でコミュニケーション不全になって、人間関係も希薄になっちゃった。そんな世の中で『大切なものは何か』を書いているんだ。これ、絶対に読んでくれよな(笑)。
若者への苦言? 苦言を言う前に、俺たちはまず、若者に『ああいう年寄りになりたい』と思ってもらえるジジイにならなくちゃいけない。そうじゃなきゃ、言うことも聞いてもらえないからさ。
最近の若者は、自分ファーストになりすぎている気がするな。やっぱり世の中は『規則があっての自由』だよ。『自由』と『自分勝手にやる』というのは違うからね。そういうことを言うと、『うるせえジジイだな』なんて言われそうだけど、うるさいことも言わなくちゃね。ただ、頭ごなしに意見を言ったり、能書きばっかりたれるジジイはよくないよ。大ジジイになったけど、それだけは気をつけてるよ」
90代、どんな「毒蝮」を見せてくれるのか、ファンは期待している。
写真・野澤亘伸
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