
兄の宗茂さん(左)と猛さん。旭化成レーヨン陸上競技場(宮崎県延岡市)で(写真・駄道賢剛)
『豊臣兄弟!』が話題のいま、現代の「注目きょうだい」を大調査。日本マラソン界のレジェンド、宗茂さん・猛さん兄弟は、まるで大河ドラマ『豊臣兄弟!』そっくりだった!
兄・茂 子どものころは双子が珍しい存在で、2人で一緒に歩くのはイヤだった。それでも、「長距離走が速い」ということで注目されるようになったのは、うれしかったな。
弟・猛 家が貧乏で自転車がなかったから、どこへ行くにも走るしかなかったけんね。兄貴の行くところについてまわって、野原を駆けめぐっていたよ。
茂 僕らは、運動神経がよかったわけじゃなかった。球技も短距離走もダメで、小学校低学年のときの体育の成績は2人とも「2」。
猛 中高までは「兄貴に負けても2番ならいいや」と思っていたけど、旭化成に入って五輪が見えてくると、そうは言っていられなくなった。出場枠3人に入るには、2位狙いというわけにはいかんから。
茂 僕らにとって、五輪は兄弟そろって行かないと意味がなかった。だけど、1976年のモントリオール五輪は、猛が最終選考試合のびわ湖毎日マラソンで、切符を逃したね。
猛 僕はその年の日本ランキング1位で、「五輪は決まりだ」と言われてたんだけど……。練習のしすぎに当日の高温が重なって、38位。兄貴が3位で、代表になった。モントリオールには、兄貴に代わりに行ってもらったと思っとる(笑)。
茂 その後4年間は、2人でモスクワ五輪に出ることだけを目標にしていた。ボイコットで出られなかったけど、自分たちが出ていたら……と思うことはあったな。
猛 そうやって選手時代は競い合ってきたわけだけど、指導者としては「2人で一人前」。選手の練習メニューを組んだりするのは僕で、試合で結果を見届けるのは兄貴。いわば、僕は会社でいう製造部門のトップで、兄貴が社長なんやね。
茂 お互いにまったく気を使うことがないから、すごくラクだね。だから、ふだんも毎週1、2回は一緒にサウナや飯に行くよな。
猛 年に数回は、お互いの女房と4人で、旅行にも行く。
茂 誘うのは、たいてい僕から。「どっか行こうか」と行き当たりばったりで、猛には「どこに行くか、はっきりせえ」と言われる(笑)。
猛 小さいころからそう。外でお菓子をもらったら、僕は持って帰って兄貴に半分あげたのに、兄貴は後先考えず、その場で食べちゃう。
茂 お互いに支え合ってきたけど、とくに僕は弟がいなかったら大変だったと思う。緻密な弟に、お調子者の兄。まるで『豊臣兄弟!』みたいでない?(笑)
そうしげる・たけし
大分県臼杵(うすき)市出身の双子ランナー。姉が3人おり、茂のほうが5分早く生まれた。旭化成陸上部で日本マラソン界を牽引。ともに同部の監督を務め、現在は顧問
取材/文・鈴木隆祐
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