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年間69万人が訪れる一大観光スポット・犬山城 女性“当主”に「城を守る」と決断させた父親の言葉

インタビュー 記事投稿日:2026.05.17 06:00 最終更新日:2026.05.17 06:00

年間69万人が訪れる一大観光スポット・犬山城 女性“当主”に「城を守る」と決断させた父親の言葉

13代犬山城主である成瀬淳子さん(写真・保坂駱駝)

 

 かつて日本各地を治めた大名や幕府重臣らの系譜は、明治に発足した華族制度が廃止されたいまも、命脈を保っている。そして、長く続いた家系の誇りと責任感を胸に、たくましく生きる女性たちがいる。自らの意志で「家の象徴」を守り、次世代へと繋ごうとする彼女たちの覚悟に迫る!

 

 国宝・犬山(愛知県犬山市)。尾張徳川家の付家老を務めた成瀬家の拠点で、白帝城とも呼ばれる。1891年の濃尾震災で半壊した後、「修復して保存すること」を条件に愛知県から同家の手に戻ったこの城は、20年ほど前に財団法人化されるまで、日本で唯一の、個人所有の城だった。

 

 13代城主である成瀬淳子さんは、この名城で育ったわけではない。明治維新後に子爵に列せられた成瀬家は、東京に屋敷を持ち、淳子さんも生粋の東京人だった。自身の家系を「お殿様というより、二足のわらじを履くクリエイティブな一族」と語る。

 

「祖父の正勝は文芸評論家、父の正俊はテレビマンで俳人でした。私は大学を卒業後、大日本印刷のグループ企業を皮切りに、広告会社や外食産業など10社以上も転職を重ねました」

 

 では、そんな都会っ子の彼女がどうして、城の守り手となる決意をしたのか? それは、父が若いときに漏らしていた「城をディズニーランドに売りたい」という衝撃的な言葉がきっかけだった。

 

「城の維持費は莫大で、担う責任はあまりに重い。それなら、価値をわかってくれる企業に託し、アミューズメントパークにしたほうがいい、と父は真剣でした。それを察して、あるとき『それならば、私にお城を守らせて』と申し出たんです。すると、厳しい父があっさりと『うん、いいよ』と承諾してくれました。私がそう言い出すのを、ビクビクしながら待っていたのかもしれませんけど(笑)」

 

 独身の淳子さんにとって、城は“家族”のような存在だ。実際、本来は無機質な建造物を、あたかも子どもや愛犬のように語るのだ。

 

「犬山城は、成瀬家以外にはなつかなかったんですよ。どこへ行くにも、肩に“亡霊”を乗せて歩いているような感覚です。落雷で天守のシャチホコが壊れたのは、相撲が大好きな私が名古屋で力士たちと飲んでから、ほどなくのことでした。『自分を差し置いて楽しんでいるな』と、城がすねて、見せしめを下したんじゃないかと思ったほどです」

 

 そんな犬山城を未来に残すため――。淳子さんは2004年、「財団法人犬山城白帝文庫」を設立し、理事長に就任。個人所有から組織運営へと大転換したのだ。

 

 現在、犬山城は年間入場者数69万人超(2025年)と、2年連続で過去最多を更新。2026年のゴールデンウイークも、天守観覧に150分待ちの行列ができるなど、一大観光スポットとなっている。淳子さんの戦略は極めてシンプルだ。

 

「演出なんて必要ありません。江戸時代から『眺めるための城』として愛されてきた、のんびりとした空気をあるがままに保つこと。いまはもう、世襲で家を守れる時代でもありません。財団という組織を通じて、管理運営できるスタッフを育てることが私の役割です。このしつけの行き届いたかわいいワンコが、みなさんにもちゃんとなついてくれるようにね(笑)」

 

 淳子さんの愛情と覚悟を一身に受けた白帝城は、澄み渡る青空の下、少し照れ臭げにたたずんでいた。

 

なるせじゅんこ
1964年生まれ 昭和女子大学卒業。初代・正成を祖とする成瀬家の現当主。犬山城白帝文庫理事長として、犬山城と成瀬家伝来の美術工芸品・歴史資料を調査研究・保存・公開するための活動をおこなう

 

取材/文・鈴木隆祐

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出典元: 週刊FLASH 2026年5月26日号

著者: 『FLASH』編集部

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