
9月6日から舞台『リア王』で“悪女”を演じる松下(写真・田中智久)
「これは“あいびき”といって、和服で正座するとき、お尻の下に入れて座る椅子なんですよ。このおかげで、私は春日局(かすがのつぼね)になれたんです」
中学3年生で受けたオーディションに合格して映画『アイコ十六歳』でデビューし、人気ドラマに立て続けに出演していた松下由樹(58)が、ドラマ『大奥~第一章~』(フジテレビ系)で春日局を演じたのは36歳のときだった。
「本格的な時代劇は初めてなうえに、演じるのは歴史上の超有名人。所作のお稽古から始めて、歩き方、打掛けのさばき方など、身につけなければならないことがたくさんあって大変でしたが、だからこそやりがいがありました」
正座をしての演技も多かったため、美術担当のスタッフが作ってくれたのが、この“あいびき”なのだという。
「張ってある布は、春日局のお布団に使ったのと同じ生地なんです。当時の思い出とともに、美術スタッフの方のお気持ちもこもっていて、いまでも和装のお仕事のときは必ず使っています」
2004年の連続ドラマの後、2011年から足かけ3年にわたって舞台版にも出演。
「(春日局となった)おふくという女性のサクセスストーリーを、華やかに泥臭く描いたことで、多くの方に愛していただけた作品ですし、私自身にとっても本当に大切な作品、役ですね」
演じていたときに心がけていたのは、時代劇ならではの台詞を、いかに自然に口にするかということだった。
「観てくださる方が、自分に引き寄せて感情移入してくださったらいいな、と。そういう意味では、今回の舞台『リア王』にも同じような思いがありますね。シェイクスピア作品の難しい台詞を、どれだけリアリティを持って話せるかが大きな課題だと思っています」
『リア王』は、老いた王が3人の娘たちの愛を、自分に向けられる言葉で測ろうとしたことから始まる悲劇で、松下は言葉巧みに父に取り入る長女・ゴネリルを演じる。
「シェイクスピアというと、どうしても偉大な、高貴な作品というイメージが先行してしまいますが、『リア王』も現代に置き換えてみると、グッと身近になりますよね」
3人の娘がいる高齢の父親が、要領がいい長女と次女にほだされて土地を相続させたものの、娘たちは土地をもらった途端、父親を邪険に扱い始め……などというのは、現代の一般家庭でも起こりうる話である。
「私が演じるゴネリルは、春日局もそうですけど、一般的に“悪女”と呼ばれる女性ですよね。でも、そういう人物ほど意外な一面があったり、真っ当なことを言っていたりするので、俳優としては魅力的な役です」
40年を超えるキャリアのなかで、意外なことに舞台への出演はそれほど多くない。
「最近、ようやく舞台のおもしろさを感じられるようになってきました。というのも、映像をメインにやってきたので、どうしても舞台に対して臆病になるといいますか、毎公演、同じクオリティのものをお届けしなくてはいけない、みたいな気持ちが強かったんです」
舞台は生モノである。だからこそ失敗もあれば、予想を超えたサプライズもある。
「失敗を重ねて、それも含めて舞台の醍醐味だと思えるようになりました。とはいえ、なんといってもシェイクスピアですし、主演は中村芝翫(しかん)さんですから、すでに緊張していますけどね(笑)」
50代に入って、チャレンジすることがより楽しくなったのだと、目を輝かせる。
「今回も、お話をいただいたときは『この年齢で本格的なシェイクスピア作品に挑戦するなんて、できるかしら?』と一瞬、躊躇(ちゅうちょ)したのですが、『初めてだからやってみよう!』とお受けしました」
いくつになっても、初めてはワクワクドキドキだ。これからやってみたいことは?
「年齢を重ねることで、俳優としての可能性ってどんどん広がっていくと思うんです。だからきっと、これからもうれしい『初めまして』と出合えるんじゃないかな、と思うようにしています。そう信じていたら、本当に出合えると思うから(笑)」
まつしたゆき
1968年7月9日生まれ 愛知県出身 1983年に映画『アイコ十六歳』でデビューし、1989年のドラマ『オイシーのが好き!』(TBS系)で初主演。出演作は、ドラマ『想い出にかわるまで』(TBS系)、『ナースのお仕事』シリーズ(フジテレビ系)、『ディアマイベイビー~私があなたを支配するまで~』(テレビ東京系)など多数
写真・田中智久
取材&文・工藤菊香
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