
2006年、本誌の取材のときも焼酎を楽しんだ志村けんさんと上島竜兵さん。その後、ポーズをとってくれた(写真・長谷川 新)
志村けんさんと上島竜兵さん――2人を偲ぶ献杯の席が、鹿児島県薩摩川内市の居酒屋「縁」に設けられた。集ったのは、志村さんが晩年愛飲した芋焼酎「伊七郎(いひちろう)」を世に送り出した、(株)海連社長の永井幸枝さんと、1994年から7年間、志村さんの付き人を務めた乾き亭げそ太郎だ。
げそ太郎は現在、故郷・鹿児島でローカルタレントとして活動している。2020年3月に志村さんが亡くなった後、10月に鹿児島テレビの番組取材で海連を訪ね、永井さんから「伊七郎」の話を聞いた。
そもそも、げそ太郎は酒を飲まない。しかも、志村さんの付き人時代は運転手でもあった。
志村さんは六本木や麻布十番などのクラブやキャバクラで、コンパニオンと陽気に飲むのを好んだ。車を簡単に止められない繁華街だけに、志村さんが飲んでいる間、げそ太郎は車中で待機するのが常だった。
「でも、打ち上げとか、芸人さんたちの食事の席には呼んでいただき、銀座でご飯をご馳走になったりもしました」
志村さんと上島さんが急速に距離を縮めていった時期、げそ太郎は両人の様子を見届けている。普段はあまり芸能人と酒席を囲まずにいた志村さんは、プロレス好きゆえにレスラーとは親しく交際した。
ことに2000年に全日本プロレスが分裂した際、所属選手だった渕正信や川田利明とはよく会食し、あるときその場に呼び寄せられたのが、川田と同じ事務所所属の上島さんだった。
「それからの2人は、“週8”で会っているんじゃないかと思うほど、しょっちゅう飲んでいました。上島さんから『師匠は今どこ?』と、僕の携帯に連絡が入ったぐらいです」
そんな志村さんの独特な酒の飲み方を、げそ太郎はよく覚えている。
「最初はビールで、ほんのお湿り程度。それからはずっと焼酎。しかも、お湯割りや水割りにせず、水をちょっと入れるだけ。一度気に入ると、その銘柄ばかり飲むんです」
そのお気に入りの銘柄のひとつで、晩年は不動のエースだったのが伊七郎だ。
販売元の海連は、おもに焼酎用サツマイモの加工を手がける会社で、2006年に自社ブランドとして伊七郎を発売。造りを託したのは、鹿児島酒造の杜氏としてベストセラーの「やきいも黒瀬」を生んだ名匠・黒瀬安光氏だった。
海外駐在員向けの輸出用の焼酎の開発を計画していた永井社長が、滅多なことでは委託を受けない黒瀬氏に懇願して生まれた一本だ。2年ものと3年ものの原酒をブレンドした貯蔵酒で、鹿児島県産の黄金千貫をふんだんに使う。
発売当初こそ思うように売れなかった伊七郎だが、「縁」が転機になった。もともと永井さんの行きつけの店で、常連の整形外科医が伊七郎を飲んで絶賛し、こう言ったのだ。
「こんなに美味しい焼酎なら、志村さんも飲んでいるんじゃない? だって、芋焼酎を日本全国に広めている人だから」
この言葉にハッとした永井さんは、志村さんの事務所へ酒を送った。
「私は『売れない、売れない』と嘆くばかりで、伊七郎を知ってもらう努力をしていなかったんだと反省しました。おそらく、志村さんはまだご存じない。それなら、ぜひ飲んでいただきたいと思ったんです」
すると数日後、関係者からお礼とともに注文が入った。やがて、ロケ先や行きつけの店からの注文も受けるようになる。地方では、店の予約より先に伊七郎が届き、「志村さんが来るのか」と店主が知ることすらあったという。
そして、贈ってから2カ月ほどたったころ、マネージャーを介さず志村さん本人が永井さんに直接、酒の礼を伝えた。永井さんは、その際の志村さんの口調を再現してみせる。
「『あ、あの、志村です。焼酎、ありがとうございました』ってね、たどたどしく。ご本人の誕生日にわざわざお電話をくださったんですよ」
志村さんが亡くなった後、伊七郎は追悼番組で紹介され、一気に注文が殺到した。2日間で約1万件に達し、海連では社員総出で酒と志村さんへの感謝を記した手紙を発送した。
上島さんもまた酒を愛した。いや、酒に愛された。2022年5月に亡くなる直前まで、飲み代に月100万円前後が消え、遺産はほとんど残らなかったという。
「竜兵さんは黒霧島でしたね。コロナのときはコンビニでも買えるパックを傍に、事務所の後輩らとよくリモート飲みをし、僕もそこに参加していました」
と、げそ太郎。外で大いに飲めなくなった日々。酒を手に画面越しながら仲間とつながり、上島さんは憂さを晴らそうとした。しかし、その閉塞感を酒だけで晴らすことはできなかった。
その黒霧島の原料となるサツマイモを霧島酒造に納めているなかの一社が、ほかならぬ海連だという。志村さんが愛した伊七郎と、上島さんの晩年を見守った黒霧島。これらボトルを前に、鹿児島で生きるげそ太郎と永井さんがそれぞれの記憶を重ねる。
この晩もげそ太郎は酒を飲まない。それでも師匠と、師匠が引き合わせ、同様に可愛がってくれた上島さんについての話は尽きず、夜は静かに更けていった。
![Smart FLASH[光文社週刊誌]](https://smart-flash.jp/wp-content/themes/original/img/common/logo.png)







