芸能・女子アナインタビュー

【大黒摩季×相川七瀬】「一晩で書き上げた」ミリオンセラー『DA・KA・RA』誕生秘話と「ときめかないことはしない」人生観

インタビュー 記事投稿日:2026.09.12 06:00 最終更新日:2026.09.12 06:00

【大黒摩季×相川七瀬】「一晩で書き上げた」ミリオンセラー『DA・KA・RA』誕生秘話と「ときめかないことはしない」人生観

相川七瀬、大黒摩季(写真・福田ヨシツグ)

 

 ファンクラブに入るほど大ファンだったという大黒摩季(56)をゲストに迎えた「BIG BANG対談」後編は、ミリオンヒット『DA・KA・RA』の誕生秘話からスタートです!

 

大黒 前編では、どこまで話したっけ?

 

――SILKさんとアレンジ違いで出したデビュー曲『STOP MOTION』が、いい感じに2人とも、それほどヒットしなかったというところまでです。

 

大黒 そうだ、そうだ。でね、「早く、日本に帰って来い!」とまで言ったプロデューサーも、急速に熱が冷めたみたいで、「いいタイミングでまた声をかけるから、それまでバックコーラスに戻っとけ」みたいなことを言われて(苦笑)。

 

相川 それは、ひどいな。

 

大黒 だよね。私も、チェッと思って。どーしようかなぁと思っていたとき、幸せが舞い降りてきたのよ。

 

相川 ?????

 

大黒 相川も知っていると思うけど、CMの音楽制作をしていたミスターミュージックのプロデューサーとバッタリ会って。

 

相川 はい。

 

大黒 バックコーラスに使ってくれたり、お金のないときにご飯を食べさせてくれたりした恩人で。そのプロデューサーが、ウチの会社のエレベーターから、すっごく落ち込んだ顔をして降りてきてさ。でね、「どうしたんですか?」って聞いたら、「明日プレゼンがあって、ビーイング(現・B ZONE)に来たらいっぱい曲があるだろうと思ったんだけど皆売れて…ないって断わられちゃってさ」と肩を落としてたんだよね。

 

――まさか……ですよね。

 

大黒 そのまさか、なんだよね。「大黒、曲書いてたよね。明日までなんだけど、できる?」って言うから、「頑張ってみます」と返事をして。お世話になっていたから助けてあげられたらいいなぁという思いで寝ないで書いたのが、あの“マルちゃん ホットヌードル”のCMをきっかけに爆発的ヒットになった『DA・KA・RA』です。

 

相川 え~~~~~~っ!? あれって、ストックしていた中から出してきた曲じゃなくて、ひと晩で書き上げた曲なんですか?

 

大黒 そう。それがスマッシュでプレゼンがとおり、エンジニアとかアレンジャーの人に、自腹で頼んで作った。スタジオで一緒になったギタリストに「ご飯をご馳走するから、ちょっと来てくんない?」とお願いをして作って納品したら、スルスルスルッてOK出ちゃって。ホント世の中、何が起こるかわからないよね。

 

相川 いや、いや。それは大黒さんだからできたことで。すごすぎて、もう、なんて言えばいいのか……。

 

大黒 でもね、売れたのはいいんだけど、会社に言ってなかったから、「お前、なに勝手なことしてんだ!」って、マジでキレられて(苦笑)。ムッとしたから、言ってやったんだよね。「 “落とし物” には福がある」って(笑)。

 

相川 さすが、大黒さんです。

 

■歌に目覚めたのはピンク・レディー

 

――北海道から東京に出てこられたとき、売れるという自信はあったんですか?

 

大黒 当時は、自分のこと天才だと思っていたからね(笑)。

 

相川 大黒さん、最初はピアノだったんですよね。

 

大黒 そう。3つのときに、母親がアップライトの中古のピアノを買ってきて、そこでクラシックに出合った。

 

相川 次が邦楽ですか。

 

大黒 ううん。父親がお金を貸していた人が逃げちゃって。残されていたのが、ロックのレコード。ショパンとかヴァン・クライバーンのレコードの横に、レッド・ツェッペリンとかディープ・パープルのLPが並んでた(笑)。

 

相川 何歳のときですか?

 

大黒 5歳。で、その次にキャンディーズとかピンク・レディーが、私の中にグイグイ入り込んできて。おじいちゃんの影響でラテン(音楽)も体の中に入り込んでいたし、音楽に関しては、完全に雑食だね。

 

相川 歌うことに目覚めたのはいつですか?

 

大黒 ピンク・レディー。集団が苦手でハブられたり、いじめられたりしていたんだけど、(歌を)練習してうまくなったら、それまでいじめていたコたちが寄ってくるようになった。ケイちゃん役(笑)。

 

相川 特技があると、人の目が急に変わるってありますよね。私も集団が苦手。4人以上になるともう面倒くさくなっちゃうので、その気持ちわかります。

 

大黒 バンドが限界だよね。以前、歌番組に出たらあっちこっちにアイドルグループがいて。挟まれるとチーンとなって、不覚にもback numberの歌で(番組中に)号泣したり、桑田(佳祐)さんの歌に、「いい歌だぁ」と感動しちゃったりするわけですよ。だからというわけでもないんだけど、私、いまだにフェスとかに行っても、自分から挨拶には行けないから。

 

相川 大黒さんが『NAONのYAON』に来たとき、私に言ったのが、「相川、よくここで頑張ってるね」という言葉でしたからね(笑)。

 

大黒 それはそうでしょう。まわりは超強烈な親分たちなんだから。私の世代にとっては、SHOW—YAも、(中村)あゆみさんも、カリスマだから。バックコーラス上がりの私としては、グイグイいけないんですよ。何か言われたら、返事は「イエス」しかないんだから(笑)。

 

相川 大黒さんから「あの親分たちと渡り合えてる相川は、ホントすごいよ」と言われて。いや、いや、いや、そんなことありませんから(笑)。

 

大黒 相川が仕切っていたからね。

 

相川 いやいや。仕切ってませんよ! 私は、皆様のお世話をさせていただいていただけです。

 

「七ちゃん、あとよろしく」

 

「はい、わかりました」

 

 という感じなんですけどね。

 

――そもそもの話ですが、お2人が初めて会ったのは、いつ、どこで、ですか?

 

相川 私は会いたかったんですけど、大黒さんは、テレビに出ない、ライブもしないという時期があって…。初めて会ったのは、B'zの10周年記念ツアー『SURVIVE』のライブ会場です。

 

大黒 あれが最初?

 

相川 そう。見かけた瞬間、「うわぁぁぁぁぁぁぁ大黒摩季だーっ!」と思って。「ファンです」というのを伝えにいかなきゃと、もう必死でしたよ。

 

大黒 ふふふ。あのときの相川はかわいかったなぁ。

 

相川 で、大黒さんも私のことを知っていてくれて。

 

大黒 『夢見る少女じゃいられない』を聴いて、「おっ、いいのが出てきたな」と思っていたんだよね。

 

相川 ホントですか?

 

大黒 うん。でも、「どこか織田(哲郎)くさいぞ」と思ったら、やっぱり織田さん(プロデュース)で。「やりやがったな、オヤジ」とニヤニヤしながら、でも「このコは売れるぞ」って思っていたからね。

 

――その出会いから約30年。相川さんにとって、大黒さんはどういう存在なんですか?

 

相川 ファンだったころの自分とはまた違う意味で、ソロシンガーの先輩として、すごく参考にさせてもらっている部分もあるし、生き方、考え方を教えてもらっているところもありますよね。

 

大黒 そうなの?

 

相川 大黒さんが「50歳を過ぎたころに、もう無理はしないって決めたんだよね」って前編(FLASH9月8・15日号)で言っていたんですけど、私も50になって、“あぁそういうことか”とわかってきているところは確実にあります。

 

大黒 “したい無理” はするけど、“したくない無理”はしない。ときめかないこと、楽しくないことはもうしない。

 

相川 そう、それですね。

 

大黒 明石家さんまさんじゃないけど、私も「生きているだけで、人生丸儲け」だと思っているから、今がベストで、やりたいと思うことをひとつひとつ全力でやり切る。もう、それだけですね。

 

相川 これからは私も大黒さんのように、量じゃなくて質にこだわって走っていきたいなと思います。

 

――そういう意味でも、5年先を走り続けている大黒さんは、相川さんにとって大きな刺激になっているんですね。

 

大黒 いやいや。そのうち追い抜かれると思いますよ。相川は走っているけど、私は歩いているから(笑)。

 

相川 いや、大黒さんは今も走っているじゃないですか?

 

大黒 そうかな。自分じゃ、歩いている感じなんですけどね。

 

相川 大丈夫。側から見たら、全然走ってますから。

 

大黒 気持ちはね、そうかもしれない。精神的な暴走族みたいなもので(笑)。

 

相川 ははは。いいですね、その精神的な暴走族という言葉は。この対談のタイトルになりそう。

 

おおぐろまき
1969年12月31日生まれ 北海道出身 高校卒業後、アーティストを目指して上京。スタジオ・コーラスや作家活動を経て、1992年『STOP MOTION』でデビュー。2作めのシングル『DA・KA・RA』をはじめ、『チョット』『あなただけ見つめてる』『ら・ら・ら』など、ミリオンヒットを連発。2025年8月にオリジナルアルバム『55 BLACK』をリリース。宮崎(9月19日)を皮切りに、佐賀、福岡、10月には北海道の各都市で、『MAKI OHGURO LIVE TOUR 2026 -55 BLACK RETURNS-』を開催予定

 

あいかわななせ
1975年2月16日生まれ 大阪府出身 1995年『夢見る少女じゃいられない』でデビュー。その後もヒット曲を数多く世に送り出す。2024年に國學院大學神道文化学部卒業。2026年、同大学院博士前期課程修了。今年11月2日、30周年ツアーファイナルとして日本武道館でのライブが決定。現在、相川七瀬30周年を記念したオールタイムベストアルバム『Rock‘N’Roll Journey~30‌th Anniversary Best~』が発売中!

 

写真・福田ヨシツグ
取材&文・工藤 晋
ヘアメイク・Yuu.(大黒)、久保フユミ(相川)

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出典元: 週刊FLASH 2026年9月22日号

著者: 『FLASH』編集部

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