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「喧嘩は翌日に持ち越さない」ヨネスケが語る「78歳の再婚哲学」コロナで実感した妻のありがたみ

インタビュー 記事投稿日:2026.09.14 06:00 最終更新日:2026.09.14 06:00

「喧嘩は翌日に持ち越さない」ヨネスケが語る「78歳の再婚哲学」コロナで実感した妻のありがたみ

昼食時に自宅に突撃(?)した記者たちを、あたたかく迎え入れてくれたヨネスケ夫妻(写真・長谷川 新)

 

「最近は、ほとんどテレビでスポーツ観戦だね。明日も3時からメジャーリーグの試合があって、毎日忙しいのよ」

 

 自宅のテレビで大谷翔平の活躍を観ながらそう語るのは、約40年連れ添った妻との熟年離婚を経験した落語家・タレントのヨネスケ(78)だ。熟年離婚直後は「前向きな気分」で、千葉県市川市の自宅と、都内に借りた稽古場を兼ねた部屋を行き来し、気ままな一人暮らしを満喫していたという。

 

「自分で料理を作るのも好きだけど、夜になれば新宿あたりに飲みに出ることが多かったね。深夜2時過ぎまで遊んで、タクシーで帰るような毎日。年がら年中、自由に飲み歩いて独身生活を謳歌していたんです」

 

 しかし、そんな開放的な日々は長くは続かなかった。離婚から5年後の2020年、コロナ禍によって状況が一変する。

 

「仕事が一気にキャンセルになって激減してね。外出自粛で家に閉じこもる日々が続いて……。あの時期がいちばん精神的にきつかったですね」

 

 独身を満喫していたヨネスケにも、コロナ禍では孤独が募った。

 

「当時、ワクチンを5回も受けたのに、コロナになったんですよ。一人暮らしだから、体調が悪いなか近所のコンビニへ買い物に行ったり、お隣さんが玄関前に食料を置いてくれたりしたけれど、本当に落ち込みました」

 

 落語家という職業柄、人と話すことが大好きなヨネスケは「誰とも口をきかずに一人で過ごす日々に疲れ果ててしまった」と振り返る。

 

「寄席は客足が遠のき、仕事の見通しも立たない。正気じゃいられないほど追い詰められて、正直、“死”も頭をよぎりましたね」

 

 だが、彼の異変に気づいてくれた人物がいた。

 

「新宿2丁目に『白い部屋』っていうニューハーフショーパブがあって、昔から通っていたんです。あるとき、そこの名物ママに言われたのよ。『あんた、目が死んでるし、様子がおかしいわよ。精神科に行きなさい』って」

 

 ママからの指摘で病院を受診したところ、軽度のうつ病と診断された。“死”さえ考えた当時の心境をヨネスケはこう語る。

 

「当時住んでいたマンションが、4階の409号室だったんですよ。『死』や『苦』を連想させる数字でしょう。うつになると、そういう小さなことからも暗い気持ちになってしまってね」

 

 そう言って、当時の極限状態を振り返る。

 

「『4階から飛び降りても、怪我をするだけで助かっちゃって痛い思いをするかな』とか『7階や8階だったら、ポンッと飛んじゃえば死ねるだろうな』と考えましたね」

 

 そんなうつ状態が続いたなかで、いちばんつらかったのは不眠だった。精神科で処方された睡眠薬が欠かせなくなり、依存度が高まる恐怖を実感したという。

 

「一人だと薬を飲む量に歯止めが利かなくなって、どんどん増えていくから本当に恐ろしい。睡眠薬なしでは眠れない日々が続きました」

 

■パートナー候補は必ず2丁目に“連行”

 

 熟年離婚後に待ち受けていた思わぬ苦難。当時を振り返りながらヨネスケは「自分の状況を心配してくれる友人を持つことがいちばん大事」だと語る。

 

「この年齢になると、自分の異変に気づいてハッキリ言ってくれる友人を持つことほど大切なことはないと痛感しました」

 

 ヨネスケが長年頼りにしていたのは、新宿2丁目のママたちだった。

 

「じつは、離婚してから新しくパートナー候補ができると、必ず2丁目に連れて行って、ママたちに『あの人どう?』ってチェックしてもらってたのよ(笑)」

 

 男性と女性、両方の気持ちがわかる2丁目の面々のジャッジは的確だという。

 

「『お金目的だからやめなさい』とか『会話が下手だからやめたほうがいい』とか、厳しく見抜いてくれるんです」

 

 ヨネスケは2024年7月、76歳のときに20歳年下の現在の妻・陽子さんと再婚。陽子さんとの出会いも「白い部屋」が舞台だった。

 

「僕が友人とお店にいたときに、陽子さんが秋田のお米をその友人に届けるために店へやって来たんです。お店が夜中の3時過ぎまでやっていて、彼女がタクシーで帰るのも大変そうだったから、『家が近いから泊まっていきなよ』と誘ってね。それを機に意気投合して、交際が始まったんです」

 

 目利きたちの厳しいジャッジもクリアした陽子さん。

 

「ママたちからも『あのコ(陽子さん)がいいわよ! あのコと仲よくしなさい』とお墨付きをもらってね。ママたちみんなが協力してくれて安心しましたよ。今の幸せがあるのも、2丁目の皆さんのおかげです」

 

 ヨネスケが76歳にして再婚を決意したきっかけは、「不測の事態に備える」ためだったという。

 

「最初は、わざわざ結婚して籍を入れずに、パートナーの関係性のままでもいいかなと思っていたんです。でも、弁護士の友人から『日本だと病気で倒れたら病院で面会ができないこともある』と聞いて。僕とは20歳離れているから、お互いもしものことがあったときのために結婚するべきだなと思い直しました」

 

 その後、彼らは東京を離れ、横浜市戸塚区に越してきた。

 

「陽子さんのお母さんがこの近くに住んでいてね。僕は自分の母親にはあまり恩返しできなかったから、せめて彼女のお母さんに“家族”として恩返ししてあげたいと思っているんですよ」

 

 これが「最後の恋」だというヨネスケに、再婚後の夫婦生活で気をつけていることを尋ねた。

 

「喧嘩は翌日に持ち越さないっていうのは、お互い決めている。翌朝には『おはよう! 昨日はごめん!』くらい、ケロッとしているね(笑)。一度離婚して10年のブランクがあったからこそ、ご飯を作ってくれる妻のありがたみがよくわかります。お互いを思いやって過ごすことがやっぱり、いちばん大事なんじゃないですかね」

 

 ヨネスケは、熟年離婚後も幸せな日々が手に入ることを身を持って示してくれた。

 

写真・長谷川 新
取材&文・瑠璃光丸凪(A4Studio)

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出典元: 週刊FLASH 2026年9月22日号

著者: 『FLASH』編集部

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