
写真集発売をきっかけに、今までのキャリアを語る比留川マイ
■ 歌いたかったのに、譲ってしまった
レースクイーンとしてデビューし、アイドル、グラビアと活動の幅を広げながら、今年でキャリア8年目を迎えるタレントの比留川マイ。今回、初めての紙の写真集で初ヌードに挑戦した彼女が、そこに至るまでの歩みを語った。
話は中高一貫校時代までさかのぼる。所属していたのは軽音部で、幼いころから習っていたピアノの経験を生かし、ギターにも触れていた。仲間とバンドを組むことになったとき、本当にやりたかったのはボーカルだったという。
「歌が好きだったので、歌いたかったんです。でも、あとから別のクラスで『ボーカルをやりたい』という子が出てきて、なぜかその子に譲っちゃっていて」
軽音部はバンドとして成立していないと入部できない決まりだった。ドラムとベースはすでに集まっていて、あとはボーカルだけという段階。断りきれず、その子を迎え入れる形になった。
「歌が好きで、自分の方がたぶん歌えたと思うんですけど、そこは譲っちゃったんですよね。あの経験は、自分の根底にあるのかなと思います」
■ 8年間、「芸能は向いてないんじゃないか」と思いながら
芸能活動を始めたのは2018年。最初の仕事はレースクイーンだった。そこからアイドル、グラビア、舞台と場所を移してきたが、決して平坦な道のりではなかったという。
「挫折とか失敗とか、いろいろあった時期もありました。正直、『やめたほうがいいんじゃないか』『向いてないんじゃないか』と思うこともあったんです」
それでも8年間続けてこられた理由を、彼女はこう語る。
「お芝居も、アイドルをやっているときも、表現することに行き詰ったり、苦労する瞬間はたくさんありました。
でも、お客さんに見てもらって、『よかったよ』『すごくよかった』と言ってもらえる。その場所にいると、『ああ、この仕事が好きなんだ』『表現することが好きなんだ』と思えるんです」
■「あれ、私って何者になった?」
大きな転機になったのが、30歳という節目だった。
「『30歳までにこうなりたい』『30歳までに何もできなかったら、芸能人生について考えなきゃな』って、昔から漠然と思っていたんです。それで実際に30歳を目の前にしたとき、ふと『もう30になるのか…。あれ、私って何者になった?』って考えたんですよね」
頭に浮かんだのは、達成できていない目標だった。
「グラビア人生の中で、『紙の写真集を出したい』『雑誌の表紙になりたい』という目標がずっとあったんです。でも、自分が何も動かなかったら、ありがたいことにDVDはずっと出させてもらっていても、その目標を達成できずに終わっちゃうかもしれないと思って」
そこで比留川は、これまでとは違う行動に出る。マネージャーに、自分の思いを直接伝えたのだ。
■ ジンギスカン店での直談判
そのきっかけの場面を、担当マネージャーはこう振り返る。
「突然ご飯に誘われてジンギスカン店に行きました。そこでマイちゃんから、紙の写真集を出したい、そのためなら脱ぐという選択肢もある、という話を聞いて。それまでヌードなんて全く頭になかったので驚きましたが、本人がそこまでの意志を伝えてくれたなら、こっちも動かないといけないなと思って、相談を進めていきました」
比留川自身も、そのときのことをはっきり覚えている。
「マネージャーさんからは『そこまで思っているとは思わなかった』と言われました。そこからいろいろ、どんどん決まっていったので、本当に感謝しています」
■「ハワイでこんな景色は見たことない」
こうして動き出したのが、念願だった初の写真集だ。撮影地はハワイ。しかも彼女にとって人生初めてのハワイだった。
「今までは大事な部分を少しずつ隠していたんです。今回はそこを全部取り払って、写真集をやらせていただきました。今までずっとお世話になっているスタッフさん全員との撮影だったので、最初は『ちょっと恥ずかしいな』って。これまでは隠して撮影していた方たちの前で、新しい姿を見せるわけなので。やっぱり恥ずかしかったですね」
現地で待っていたのは、想像とは違うハワイだった。
「私、初めてのハワイだったんです。常夏で、日差しもジリジリしているんだろうなと思っていたら、全然違って。撮影期間はずっと風がめちゃくちゃ強くて、海やビーチの日には雨まで降って。何回もハワイに行っているスタッフさんからも『ハワイでこんな景色、見たことない』って言われました」
それでも、その天候さえ思い出の一部になったという。
「写真を見たら、『こんなに髪の毛がすごいことある?』っていうカットもあって。でも逆によかったです。初めてのハワイが、自分の想像とは全然違うハワイだったので、次こそは穏やかで暖かいハワイに行きたいなと思っています」
撮影を終えた直後は達成感があった一方、仕上がりへの不安は完成データを確認するまで残っていたという。
「見るまでは『どう写っているんだろう』と落ち着かなかったんですが、実際のレイアウトを見たらすごく素敵で。『これは自信を持って出せるな』と思いました。自分の中でも覚悟を持って、誠意を持ってこの作品を出そうと思ったので、それが表れているのかなって」
■「前に」「おもてなし」…込められた思い
写真集のタイトルには、ハワイ語で意味のある言葉が使われている。
「『前に』という意味と、『王様のようなおもてなし』、つまり『手を尽くしたおもてなし』という意味があるらしいんです。今までも結構ご奉仕な感じの作品が多かったので、そこも繋がっているのかなと思います。写真集を見てくださる皆さんにはキングだと思って、私からのおもてなしを受けてもらえたら嬉しいです」
話を聞いていると、このタイトルにも通じる比留川の性格が見えてくる。旅先では、自分のものより先に周囲へのお土産を考えるのだという。
「『この人にはこれがいいかな』『何だったら喜んでくれるかな』って考える時間が好きなんです。みんなに喜んでもらいたいんでしょうね。旅のおすそ分けができたらいいなって」
■ 映画初主演への波及
覚悟を決めて動き出したのは、写真集だけではなかった。写真集の話が進んでいた時期、面識のあったプロデューサーから声がかかり、映画への初主演も決まった。
「舞台でも主演したことがなかったので、本当に念願の初主演です」
撮影は3、4日ほどのタイトなスケジュールで、休憩なしに深夜まで続くこともあったという。主演としてセリフの量も多かった。
「最初は緊張と不安があったんですけど、それを考える暇もなくて。気づいたらオールアップしていました。最後にコメントしていたら、泣くつもりはなかったのに勝手に涙が出てきて」
意外なところで役に立ったのが、日頃から親しんでいるサウナだった。宿泊先にサウナが備わっていたため、撮影後の夜、そこで台本を開いてセリフを頭に入れていたという。
「サウナで台本、意外と頭に入ってくるんですよ。暑くなってくるので、『これを覚えたら出よう』ってリミットを決めて頑張って、最後に水風呂に入って。そのおかげで覚えられたと思います」
■ もう譲らない
高校時代、本当は歌いたかったのに、ボーカルを人に譲った。芸能界に入ってからも、周囲に合わせてしまうことがあった。そんな彼女が30歳を前に、初めて「自分はこれをやりたい」と口にした。
「中学のときにボーカルを譲ったことから始まった今があるので。本当に、まずこれからだなって思うんですよね」
初ヌードは、何かをなくすための選択ではなく、一歩前に出るために比留川自身が選んだ表現の手段だった。
「やりたいことは、何も悔いを残さず生きたい。やっぱり人生、いろいろやっていきたいと思います」
※比留川マイ写真集『マイラニ』は10月23日に竹書房より発売
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