
佐川恭一氏の友人でグラビアアイドルの緒川ましろ(撮影/ガリンペイロあきお)
日本文学史上初(?)となる、本誌FLASHが主宰するミスコン「ミスFLASH」が謎解きの鍵として登場する小説『七浪京大卒無職・院等寺庵乃雲の奔走』(光文社)が1月21日に発売となった。
著者の佐川恭一氏は『シン・サークルクラッシャー麻紀』(破滅派)『清朝時代にタイムスリップしたので科挙ガチってみた』(集英社)『就活闘争 20XX』(太田出版)など、SNSでたびたび話題となるエッジの立った作品を次々と執筆。
令和の文学界に新風を吹かせ続ける小説家として注目される一方、京都の進学校から京都大学に進学した経歴を持ち、2025年に刊行した学歴ノンフィクション『学歴狂の詩』(集英社)が増刷を重ねている。
今回、最新作『七浪京大卒無職・院等寺庵乃雲の奔走』収録の一話「高偏差値集団HENSA vs. 七浪京大卒無職」に「ミスFLASH」が登場したことを記念(?)し、佐川氏が執筆した私的グラビア論エッセイ「グラビアアイドルと私(佐川恭一)」を公開する。
【全3回/本稿は第1回】
■はじめて買った写真集は競走馬だった!佐川恭一「グラビアイドル」との接触
ありがたいことに私(はじめまして、佐川恭一といいます)の書いた小説『七浪京大卒無職・院等寺庵乃雲の奔走』が1月21日に光文社から発売となったが、その主人公はグラビアアイドルオタクという一面も持ち合わせている。
しかし作者である私は実はグラビアオタクではなく、残念ながらさほど詳しい知識を持ち合わせてはいない。細川ふみえや雛形あきこあたりで爆発があり、私の世代で流行していたのは吉木りさや川村ゆきえだった……というぐらいの印象は持っているが、当時の私が何をしていたかといえばひたすら受験勉強をしており、また競馬オタクだったのではじめて買った写真集は競走馬「ホクトベガ」のものだった(わかる人だけわかってください)。
もちろん「グラビアを知らない俺」みたいな話をしたいわけではない。「グラビア? 興味ないわ」「アイドル? 知らんなあ」と言うのがカッコいいと思っている男性は多いが、はっきり言って、知っている方がカッコ悪いということはありえない。どんなことでも知っているほうがいいに決まっているのである。私がグラビアに詳しくないのは、単なる勉強不足に他ならない。
さて、グラビアアイドルといえば小説でも取り上げさせていただいた「ミスFLASH」をはじめとする様々な賞レースや写真集、テレビやYouTubeといったメディア露出などの華やかなイメージに彩られており、私にとってはどうしても近寄りがたい存在である。
しかしながら、私は過去に二人のグラビアアイドルと接触したことがある。これは私が小説家だからとかそういうわけではなく――私は関西に住んでいることもあり、出版業界のパーティなどに稀に誘われるが出席したことはなく、したがってそういう場で作った人脈を利用して何かいい思いをする、みたいなドリームを経験したこともない。そんなドリームはいまやどこにも転がっていないのかもしれないが――完全にもとの友人関係から発生した偶発的な接触である。
一人目のAさんは、私が男女の友人五、六人で集まって飲んでいるときベロベロになり、女性のうちの一人が「グラビアやってる友達が近くに来てるから呼ぶわ!」などと言い出して実際に召喚した女性である。
普段の男子校出身丸出しの私ならグラビアアイドルなんて投入されたら一言も喋れなくなるので断るところだが、周りもベロベロで「グラビアイェー!!」とか言っているし、私もベロベロだったので一緒に「フワフー!!」とか言っていた。まだ二十代だったので勢いもあったし、酒を飲むとなれば翌日のことを考えない飲み方をしていたのである。
はたして現れたグラビアアイドルは、身なりの高級感からしてやはり自分とは違う世界に住む人間という感じであった。なにやら夢みたいなふわふわフードのついた純白のミニ丈ダウンを着ていて、それを脱ぐと鼻血ブー的露出度の肩出しリブニットワンピース(ピンク)があらわになった。そのとき飲んでいた場所は京都だったがAさんの拠点は東京で、もうファッションの時点で私のように芋くさい男性と普段接することはないのだろうな、という雰囲気が爆発していたのである。
しかし私も酔っていたので、業界の話をいろいろと聞いたりもした気がするし、単なるバカ話もした気がする。戦闘力の差が激しすぎるので酔いが覚めたら終わりだと思ってガバガバ飲み、ビビっている自分を抑えてなんとか普通に喋り、その会はおおむね楽しいものになったと思う。
■グラビアアイドルの「気遣わざるをえないレベルの神聖なオーラ」
そして最後の会計のとき、総額の伝票を受け取った。そもそも割り勘前提の仲良し会だったので、暗算二段の私は脳内でとりあえず総額を人数割りにした。しかしグラビアアイドルは途中参加だったからそれに傾斜をつけて……などと考えていると、それを察したのかグラビアアイドルを呼んだ女の子が「恭ちゃん、ストップ」と小声で言ってきた。その子は私が自動的に割り勘の額を計算する癖を熟知していたのである。
「Aちゃんは多分自分がお金払うなんて思ってないから、ゲストってことで除外したって。なんなら呼んだ私が二人分払うから」
そう言われた私は、それが本当だとすれば何かAが世の中をナメている気がして、とりあえず一人頭の額を発表してその後「かまへんかまへん!」みたいなやり取りをして最終的な支払い方法を決める、あの庶民的な下界に引きずり込んでやろうかと思ったが、マジでやめた方がいいという空気を察知した私はマジでやめておいた。
もちろん、これはAさんの問題というわけではない。彼女は話している限りとても優しくおおらかな人間のように感じたし、別に割り勘と言い出しても怒らなかったのではないかと思う。おそらく「こちら側」が勝手に気を遣いすぎただけだっただろう。
しかし、気遣わざるをえないレベルの神聖なオーラが噴出していたことだけは間違いなかった。その回は結局、男側が全額を出すことにした。だんだん酔いの覚めてきた私は、キラキラと輝くグラビアアイドルの姿が関西の小汚い居酒屋の中でいかに異質なものであったか、そして私がいかにくだらない話を聞かせ続けて彼女を退屈させてしまっていたか、なんだかめちゃめちゃ反省モードに入ってきてしまい、「ほなまたー」と言って彼女と別れた瞬間、過去に感じたことのない種類の激甚の疲労感に襲われたのだった。
グラビアアイドルは数が増えすぎているという話をよく聞く。つまり活躍できる可能性が下がり続けているということだ。しかしいくら数が増えたといってもグラビアアイドルはグラビアアイドル、じっさいに彼女らの輝きを前にして一般人が平静を保てるかどうかはきわめて怪しいところであろう。
現代ではかつてより親しみやすさが高まっている気はするが、雑誌に親しんできた私たち世代(の特に陰キャ勢)にとって、グラビアアイドルとはある種の聖性を帯びた〈人ならざるもの〉なのである。
【第2回に続く】
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