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グラドルは、作家よりはるかに「残酷な場」で「文化」を担う【グラビアアイドルと私(佐川恭一)第3回】

アイドル 記事投稿日:2026.01.30 17:00 最終更新日:2026.01.30 17:00

グラドルは、作家よりはるかに「残酷な場」で「文化」を担う【グラビアアイドルと私(佐川恭一)第3回】

佐川恭一氏の友人でグラビアアイドルの緒川ましろ(撮影/ガリンペイロあきお)

 

 日本文学史上初(?)となる、本誌FLASHが主宰するミスコン「ミスFLASH」が謎解きの鍵として登場する小説『七浪京大卒無職・院等寺庵乃雲の奔走』(光文社)が1月21日に発売となった。

 

 著者の佐川恭一氏は『シン・サークルクラッシャー麻紀』(破滅派)『清朝時代にタイムスリップしたので科挙ガチってみた』(集英社)『就活闘争 20XX』(太田出版)など、SNSでたびたび話題となるエッジの立った作品を次々と執筆。

 

 令和の文学界で新進気鋭の小説家として注目される一方、京都の進学校から京都大学に進学した経歴を持ち、2025年に刊行した学歴ノンフィクション『学歴狂の詩』(集英社)が増刷を重ねるヒット作となっている。

 

 今回、最新作『七浪京大卒無職・院等寺庵乃雲の奔走』収録の一話「高偏差値集団HENSA vs. 七浪京大卒無職」に「ミスFLASH」が登場したことを記念(?)し、佐川氏が執筆した私的グラビア論エッセイ「グラビアアイドルと私(佐川恭一)」を公開する。

 

【全3回/本稿は第3回】

 

■グラビアイドルも作家も無視できない「市場のメイン層」の潮流

 

 グラビアアイドルの特異な点は、緒川ましろ氏が述べたように「積極的に性的消費の対象になりにいく」職業であるというところだろう。性的消費の対象になるために、彼女たちは体型を管理し、衣装を選び、できる限り多くの男性の欲望を満たそうとする。

 

 しかしもちろん、「男性の欲望」はさまざまである。スリムな女性が好きな人もいればふくよかな女性が好きな人もおり、鼻が高い女性が好きな人もいれば低めの方がかわいいという人もいる。

 

 ならば、自分そのもので勝負すればいいではないか? 痩せた方がいい、鼻を高くした方がいい、目を二重にした方がいい、胸を大きくした方がいい、露出度は高い方がいい、ヒールを履いた方がいい、そんな声なんか無視して、自分の自然な顔のまま好きな化粧をして、好きな服を着て、それに刺激を受けてくれるファンを大切にして活動していけばいいではないか? という考えになってもよさそうだが、難しいのは彼女らが「商品」であるというところである。

 

 緒川氏も言っていたとおり、商品である以上は売れなければならない。私も小説を書いているので「商品」を出すわけだが、それが売れたとか売れなかったとかは数字ではっきりわかる。

 

「別に売れなくても、自分のやりたい文学を極めて理解できる人だけに理解されればいい」という考えもありうるが、「商品」を売り出しているということはそこに関わってくれた人もたくさんいるわけで、「せめてこれぐらいは売れなければ申し訳ない」という気持ちは――私のような凡人の場合には――どうしても出てくる。それに、実際あまりに売れなければ仕事自体がなくなっていくだろう。

 

 したがって、「商品」を出すならそれが市場のメイン層の潮流を抑えていることが望ましい、という当然の話を、グラビアアイドルも私も無視することができない。

 

 つまり、グラビアアイドルならもっとも多くの人が興奮してくれる体型や顔、衣装を目指すことになり、それは男性の欲望の中心を内面化することによってよりよく達成されるということになる。そこではおそらく、「太っていてもいいじゃないか」「胸が小さくてもいいじゃないか」という声は「マイノリティ」のものとしてかき消される。

 

 緒川氏の場合は男性の細かいフェティシズムに「刺さる」ことが楽しい、とも言っていたが、この視点は(私の解釈では)「鑑識眼」のあるマイノリティを相手にして「性的芸術」を差し出し、マジョリティにはわからないものを評価してもらうことの楽しさであり、彼女が売れる商品作りだけに魂を奪われてはいないということの証左であるとも思う。

 

 ただし、それをあまりにも拡大すると、今度は「売れない」という結果に首を絞められてしまうので、やはり基本的に「男性の欲望の中心」を外すわけにはいかないだろう(緒川氏の言っていた「体型管理」とは「痩せる」ことであり、それはつまりもっとも興奮する男性の多いゾーンの体型に寄せていくことである)。

 

 このバランスの難しさはグラビアアイドルだけでなく様々な業種(表現に関わる業種の人が多いかもしれないが)の人が経験するものだと思うが、根本的なところで、他者からの視線を完全に無視することは誰にもできない。むしろ、人間は他者からの視線によってしか自己を規定することができないと言える。

 

 私たちは曖昧すぎてつかめない自己を、他者からの視線によってやっと形あるものとして具象化することができる。私たちは自分の顔を直接見ることもできないし、身体全体を見ることもできない。自己の断片的なイメージだけを持つ私たちが、「私」というものの全体を(一応)把握するためには他者の視線が不可欠であり、それをまったく考えないで済む人間はいない。

 

 そして、どんな表現であっても他者の視線を拒絶しきることはできない。いかなる表現も観客なしには成り立たないからだ。

 

■「自己」と「他者の視線」に葛藤しながら担われる「文化」

 

 たとえば、女性が男性からの性的な視線を否定し、自分の着たい服を着るのだ、と主張する時、結果的に露出狂のような服を着ることがある。これは「男性の性的視線をものともしない自分」という自己ブランディングだと取ることもできるが、結局その服は、男性の視線に選ばされている、と私には思える。

 

 本気で男性へのカウンターを考える人なら、男性をもっと徹底的に無視するのではないだろうか? もちろんそれでは商売にならないのかもしれず、今の「カウンター」がうまく受け入れられているなら、表現者としては「正解」を選んだということになる。

 

 みなさんはもしかすると、「孤高」の表現者が「表現を自分のためだけに極めようと思っている」とか「自分の考えたことを自由に出しているだけで、それを楽しむ人がいようがいまいが関係ない」とか言っているのを聞いたことがあるかもしれない。

 

 それらの言説は例外なく甘ったれたものであり、ブランディングでもなく心からそう考えている人たちは、まずまともにものを考えていない。

 

 自己表現が自己表現だけで完結すると考えるのはあまりにも浅はかであり、また表現に夢を見すぎている。表現がそれだけで成立するというなら、はっきり言ってそれをわざわざ発表する必要はない。何かを発表するという時点で、それは他者の視線をあらかじめ繰り込んだものにならざるをえない(そういう意味で、もっとも純粋な表現は誰にも見られないという前提でなされたものだけだと私は思っている)。

 

 これは「自己」と「他者の視線」のグラデーションの問題であり、グラデーションを考えることが面倒になると極端に走りたくなる――そして自らのスタンスや思想をどこかの極で固定したくなる――のは理解できるが、それは自ら走っているのではなく、構造に走らされているのである。

 

 このグラデーションについて悩みながら表現を模索していくことこそ、表現者の通るべきもっとも苦しい道であり、それを避けるならその表現は表現たりえない。何かに確信を抱き、一つの方法で一生やっていくと決めた表現者は、たんに怠惰なのである。

 

 サッカーの試合なら、選手は相手に合わせてつねに戦術やフォーメーションを変えていかねばならない。どんな相手にでも同じ戦術やフォーメーションを使い続ける監督などありえない。流動的な試合の流れの中で選手たちは走り、ドリブルやパスをし、シュートを打つ。ある試合での選手たちの動きはその試合に固有のもので、次の試合ではまた別の動きをすることになる。

 

 ここで選手が試合の流れを無視して、俺はこれだけをやる、と過去に一度成功した同じようなミドルシュートをつねに打ち続けたとして、そのほとんどは無駄に終わるだろう。彼・彼女のミドルシュートはもうすでに見られており、対策を練られている(=飽きられている)。もっと多様な手段の中から、場面によってミドルシュートを「選ぶ」という風にしなければ、彼・彼女は選手として成功できない。

 

 表現者も同じであり、もし点を取りたい(=売れたい)なら相手チーム(社会)の流れを観察し、場面ごとに最適な方法を考え続ける作業が必要になるのである。そこから逃げ出して社会の枠外に位置取り、しかも広く認められて生きていけるのは、ごくわずかな天才だけだろう。

 

 グラビアアイドルも小説家も、その他多くの業種の人たちも、おそらく毎日葛藤しながら生きている。そして激しい葛藤の中から何かを生み出し、その集積が「文化」となり時代を作る。

 

 私はそういう意味で、一般に「文化的」とはみなされていないグラビアアイドルという職業は、作家のように自分自身でなくそのプロダクトで勝負する職業よりもよほど残酷な場に身をおいて、視線の暴力との付き合い方を絶えず考えながら「文化」を担ってくれているのではないかと思う。

 

(了)

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出典元: SmartFLASH

著者: 『FLASH』編集部

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