■口座確認を怠ると命取りに
だが、父親にかかった費用を記録しておかなかったこと以上に、森永氏が「最大のミス」と悔やむことがある。
「親父は某銀行の高田馬場支店に貸金庫を持っていたんです。半身不随になったあと、私が代理で開けられるように手続きはすんでいましたが、それで安心していたことが『最大のミス』だったんです。
なぜ、前もってその中身を確認しなかったのか……。そうしていれば、悲劇を味わうこともなかったかもしれません」
貸金庫には通帳やキャッシュカード、印鑑や保険証券など、大事なものが入っているはず、いざとなれば開ければいいと、森永氏が思い込んでいたのも無理もないだろう。
「親父が死んだあと、高田馬場の貸金庫に行き、開けてみたんです。その瞬間、私は凍りつきました。金目のものがほとんどないんですよ。
通帳もキャッシュカードもない。卒業証書やら何かのパンフレットやら、なんでこんなものをわざわざ貸金庫に、というものばっかりなんです。
唯一お金になりそうなものが、“軍人国債”だけだったんですが、それもたかだか数十万円にしかなりませんでした。これはマズイ……それから地獄の日々が始まったんです」
■申告のリミットは10カ月
ここで相続手続きの流れを確認しておきたい。相続が発生すると、「遺産の特定」「遺産の相続税評価額算出」「遺産分割の協議」が必要になる。
これらの課題をクリアし、相続税の申告・納税をおこなわなくてはならない。その期限は、相続人が相続開始を知った日の翌日から10カ月以内。ほとんどの場合は、被相続人が亡くなってから10カ月以内ということになる。
「この10カ月というのは、あっという間です。葬儀から四十九日まではいろいろと忙しく、さあこれからと思っても、普通に仕事をしている人はなかなかそうもいかない。
私の場合、父がどこの銀行に口座を持っているかもわからないのですから、まずは調べることから始めないといけない。地獄の作業でした」
森永氏の場合、特に焦る理由があった。
「申告の期限である10カ月を過ぎると、脱税で立件される可能性があります。経済アナリストとしてテレビに出て、全国で講演をして、大学の教員もやっている立場の人間として、それは絶対に避けなければいけません。
そこでセコく節税をしようとは思いませんでした。今の時代、どこでツっコまれるかわかりませんからね。とにかく正直に、正確に申告しようと、相続税の猛勉強です。
不幸中の幸いというか、東日本大震災の影響で講演会やイベントなどの仕事がほとんどキャンセルになりました。そうでなければ、あの膨大な作業をこなすことは不可能でした」