■空襲で焼失した証明が必要
森永氏の父親は高田馬場にマンションを所有しており、そこに来る郵便物を手がかりにして、口座のありかを探していったという。
「不思議なことに、父の遺品には預金通帳が一冊もなかったんです。私は父の生前から月に数回マンションに行き、たまった郵便物を部屋に入れていました。
父が亡くなったとき、その郵便物は山のようになっていました。そのなかから手がかりとなりそうなものを探していったんです。気の遠くなるような作業でしたが、なんとか9つの銀行口座があることを突き止めたんです」
口座があることがわかっても、銀行はそこにいくら預金があるのかは教えてくれない。
「銀行の担当者は、口座の内容の開示には父親が生まれてから亡くなるまで、すべての戸籍謄本と相続人全員の同意書が必要だと言うんです。
相続人は私と弟の2人だから問題はない。しかしなぜそんな戸籍謄本が必要なのか。隠し子がいた場合、相続人が増えてその同意も必要なんだって言うんですよ。
父は佐賀県生まれで、全国いろんなところに住んでいたので、戸籍謄本を集めるのも大変です。
東京の近くだけならまだしも、そんな全国を飛び回る時間はないし、交通費もかかる。遠くの自治体に電話すると、郵便局の定額小為替と返信用封筒を同封して申請書を出せと言う。郵便なので、このやり取りがなかなか進まない。
この時代になんと不合理なシステムなのかと思いつつ、それでもひとつずつ進めていくしかなかったんですけどね」
最大の山場は東京で訪れた。
「近い役所は自分で出向きましたが、文京区役所に行くと『空襲で焼けたので戸籍が残っていない』と言うんです。
仕方なく文京区以外の戸籍謄本を揃えて銀行に行くと『では、空襲で焼けて残っていないという証明書をもらってください』と。
文京区役所にそう告げると、そんな担当部署はないって言うんですよ。それでも何度も頼んで、ようやくそういう書類を出してもらい、やっとひとつの銀行口座を開けてもらえたんです」
そうして開示手続きを進めていった結果、数千万円の預金があることがわかった。
「なかにはたった700円しか残っていない口座もありました。あれだけ苦労して700円ですよ。銀行の担当者は知ってるんだけど、教えてくれません。
立場上言えないのはわかるんですが、目配せしたり、それとなく伝えてくれたっていいじゃないですか。『700円どうしますか』と聞かれたので、『放棄します』と吐き捨てるように言って銀行を出ました」
父の遺産は、預金や不動産を合わせて約1億円だった。
「相続人は私と弟の2人だけ。どう分けようかと弟に相談すると、『法律どおり、俺と兄貴で折半しよう』と言います。
当然ながら私は、父親の介護で数千万円のお金がかかったこと、妻がずっと尽くしたことなどを訴え、文句を言いました。
それでも、最終的にはこっちが妥協して折半しました。とにかく『争続』にしたくなかったんです。もちろん釈然としない気持ちは残りましたが」
準備を怠ったがために地獄を見た森永卓郎氏。
じつは、2015年施行の改正相続法により、相続税の課税対象者は一気に増加し、相続税の対象となる人は申告が必要になり、一方、非課税の人でも遺産分割などの手続きは免れない。いずれにせよ、悲劇を避けるためには「生前整理」が不可欠なのだ。
もりながたくろう
1957年生まれ。経済アナリスト、獨協大学経済学部教授。TBS『がっちりマンデー!!』、読売テレビ・日本テレビ系『情報ライブ ミヤネ屋』など出演番組多数。最新刊は『相続地獄 残った家族が困らない終活入門』(光文社新書)
写真・岩松喜平
(週刊FLASH 2021年2月23日号)