ライフ・マネー
名曲散歩/郷ひろみ『よろしく哀愁』言葉のミスマッチが生まれた瞬間
ライフ・マネーFLASH編集部
記事投稿日:2021.08.15 16:00 最終更新日:2021.08.15 16:00
東京・神田の古いビルの2階。そこには夜な夜な紳士淑女が集まり、うんちくを披露しあう歌謡曲バーがあるという。今宵も有線から、あの名曲が流れてきた。
お客さん:お、このイントロは郷ひろみの『よろしく哀愁』。若き日の躍動感がビンビン伝わるよ。今も衰えてないけど。
【関連記事:名曲散歩/『君は1000%』カルロス・トシキ、ブラジルで大成功】
マスター:1974年リリース、郷ひろみの10枚目のシングル。自身初のオリコンチャート1位を記録した曲だ。
お客さん:そうだったんだ。
マスター:中性的な魅力で売り出した郷ひろみだけど、19歳のこの頃、プロデューサーの酒井政利は、「大人への脱皮の時期を迎えていた」と語っている。
お客さん:アイドルがどう変化していくか、微妙なときだったんだね。
マスター:そこで酒井政利は、「哀愁」というフレーズを歌わせようと考え、曲は筒美京平、詞は安井かずみにお願いした。ところが、とんでもないことが起きた。
お客さん:何が起きた!
マスター:なんと、レコーディングの直前に届いた詞は、国語の試験問題のように、ところどころ空白になっていた。
お客さん:空欄に適当な文字を埋めよ、みたいなやつか!
マスター:当の安井かずみは海外に出かけてしまい、連絡が取れない。仕方なく酒井政利が空白を埋めていくんだけど、ラストのフレーズで「哀愁」に添える言葉が見つからない。
お客さん:どうする? どうする?
マスター:そのとき、誰かが電話している声が聞こえた。
「それでは、よろしくお願いします!」
お客さん:出たっ!
マスター:『よろしく哀愁』に決まった瞬間だ。言葉のミスマッチ感が素晴らしいよね。郷ひろみもノリノリでレコーディングしたという。
お客さん:考えてみれば、この曲にかかわった安井かずみ、筒美京平、酒井政利、いずれも鬼籍に入られた。時代は流れるけど、郷ひろみだけは永遠に変わらないように感じるよ。
おっ、次の曲は……。
文/安野智彦
『グッド!モーニング』(テレビ朝日系)などを担当する放送作家。神田で「80年代酒場 部室」を開業中
参考:酒井政利『誰も書かなかった昭和スターの素顔』(宝島社)、郷ひろみ『若気の至り』(角川書店)