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食堂のおばちゃんの人生相談「文才のない自分…」
ライフ・マネーFLASH編集部
記事投稿日:2021.09.10 11:00 最終更新日:2021.09.10 11:00
「食堂のおばちゃん」として働きながら執筆活動をし、小説『月下上海』で松本清張賞を受賞した作家・山口恵以子。テレビでも活躍する山口先生が、世の迷える男性たちのお悩みに答える!
【お悩み/団塊オヤジさん(64)無職】
定年で毎日が日曜日。自分史でも書こうと原稿用紙と高い万年筆を買ったのに、何をどう書いていいかさっぱりです。才能がないと思って諦めたほうがいいでしょうか。
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【山口先生のお答え】
似たような事態に立ち至っている団塊世代の方って、多いんじゃないでしょうか。ご参考になればと思い、お答えいたします。
昔、「誰でも生涯一冊は傑作が書ける。それは自分史だ」という内容のエッセイを読んだことがあります。確かに、個人の人生はその人だけのオリジナルなので、素材としては傑作になる可能性に満ちています。だからみなさん、自分史に挑戦なさるのでしょう。
でも、所謂自叙伝でも面白いのとつまんないのがありますね。それは同じ素材を使っても、料理人の腕が違えば味が違ってくるのと同じことで、どんな高価な材料を使っても「愛のエプロン」みたいなひどい料理だって出来ちゃうわけです。
一番失敗しやすいのは「自分史でも書いてみようか」という方。動機に情熱がないのですぐ嫌になってしまいます。
次が、経験したことを全部書く方。本人にとっては捨てがたい経験でも、赤の他人にはどうでもいい話って、ありますからね。
まず、これまでの自分の人生を、年代順に箇条書きにします。
次に、客観的に自分の人生を見つめ直す……つまり、赤の他人の伝記を書くようなつもりで、ずらっと並んだ人生の箇条書きを眺めてください。そうすると、赤の他人から見て重大な出来事、面白い事件、反対にどうでもいい経験、つまんない出来事が見えてきます。
こうやって仕分け作業が終わったら、書くべき項目を残して、他は捨てる。捨てなきゃダメですよ、全部書こうと思ったら60年以上かかりますからね。
そして、書くべき内容が決まったら、それを章立てにしてください。一章にいくつもの事件を詰め込まないで、ひとつの事件に絞り込んだほうが、書きやすいし、わかりやすいと思います。
章立てにしたら、次は書き方を工夫しましょう。事件の頭から尻尾まで、起こった通り順番に書けばいいってもんじゃありません。
結末を先に書いて回想形式とか、胴体をすぱっと輪切りにして、その切り口を見せることによって事件全体を想起させるとか、多くの短編小説がさまざまな工夫をしていますが、そこまで技巧的になる必要はありません。台詞から始めるだけで、その章全体が引き締まったりします。
とにかく、どうすればその章を面白く読ませられるか、あれこれ考えて工夫してみましょう。
大切なのは、牛のよだれのようにダラダラ書かないことです。
技術を磨くために、小説講座などを受講されるのもいいかもしれません。同期生と切磋琢磨して腕が上がるかもしれないし、ほかに書きたい題材が見つかるかもしれません。あるいは同好の士と巡り会って、自分史そっちのけで呑み会が楽しくなるかもしれません。
老後の趣味は高尚でなくたって、楽しきゃいいんですよ。
やまぐちえいこ
1958年、東京都生まれ。早稲田大学文学部卒。就職した宝飾会社が倒産し、派遣の仕事をしながら松竹シナリオ研究所基礎科修了。丸の内新聞事業協同組合(東京都千代田区)の社員食堂に12年間勤務し、2014年に退職。2013年6月に『月下上海』が松本清張賞を受賞。『食堂メッシタ』『食堂のおばちゃん』シリーズ、そして最新刊『夜の塩』(徳間書店)が発売中