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地下鉄工事しながら役者を…50歳にして、さてどうする?

ライフ・マネー 投稿日:2017.02.16 17:00FLASH編集部

地下鉄工事しながら役者を…50歳にして、さてどうする?

『写真:AFLO』

 

 観る側から演じる側へ。寺山修司の引力によって人生を180度変えた男。中年の真っ只中に、第二の転機が迫る。

「自分にとって人生の転機と呼べるのは「演劇実験室◉万有引力」に入団したとき。それ以外にはないし、あるとすればこれから」

 

 響きのいい低い声。それを除けば小林桂太(50)さんは役者というより、むしろ演出家や作家の雰囲気を漂わせる。所属する「万有引力」とは、寺山修司とともに「演劇実験室◉天井棧敷」の芝居を作ってきたJ・A・シーザーが、寺山の遺志を継いで作った劇団である。

 

 かつて「天井棧敷」や「紅テント」など、アングラ劇が流行った時代があった。福岡県下で生まれ育った小林さんは、その時代にやや遅れて来た青年だった。

 

 なんでも少し変わったものに惹かれる傾向のあった若者は、寺山が監督をした映画を観て「なんだ、これは!」と衝撃を受けた。その寺山が劇団を主宰していることを知り、東京へ出たら観に行くと決めていた。

 

 しかし1983年、高校3年生のとき、寺山は47歳の若さでこの世を去った。

 

「当時、田舎の家庭に育った者が東京へ出たいと思ったら、大学へ行くか、さもなければ親を捨てていくか、どちらか。僕の場合はなんとか早稲田大学に入学できた。親父が早稲田でラグビーをやっていたので、子供のころから大学は早稲田に行けと言われて育った。でも、寺山さんの芝居を観ることはできなかった」

 

 早大入学後「万有引力」の存在を知り、それが「天井棧敷」を継ぐ劇団であることがわかった。早速観に行ったが、芝居がすごすぎてとても自分にはできないと思った。自らは演じず作らず、観るだけで月日が流れた。バブルにさしかかるころで、仲間たちは一流の銀行や証券会社に就職したが、金勘定を一生やり続ける自信もなく、就職もせずにブラブラする状態を続けた。

 

 だが、いつまでもそうはしていられない。CM制作が盛んな時期で、やるならこれだと思い、小さな広告代理店に入社した。しかし制作より営業が多く、結局肌に合わず1年で辞めた。田舎に帰ろうと思い、東京でやり残したことを考えた。

 

 そのとき「万有引力」の芝居を観られなくなるので、帰る前に少し内側から芝居の中身に触れてみたいと思った。それが人生の転機となった。

 

「入団募集を見て、役者は無理だろうからと演出志望で入った。ところが入ってみると「万有引力」には演出部がなく、経験になるからと言われ舞台に立つことになり、そのまま二十数年が過ぎた。

 うちの劇団は普通の台詞でも体力を使って表現する。きつかったが頑張ってやっているうちに手ごたえを感じだして、役者がおもしろくなってきてしまった」

 

 入団したのは奇しくも寺山修司の十周忌の年だった。現在は、役者としては野村萬斎の『マクベス』には必ず出演。ほかにも演出や、個人的に若い役者を集めて単独で公演をおこなったりしている。

 

 ところで、劇団員にとって最大の問題は収入で、みなアルバイトで得ている。「万有引力」の稽古は昼間におこなう。すると男は早朝の魚河岸とか、深夜の仕事しか選択肢がない。小林さんの場合は、入団時に先輩から夜間の地下鉄工事を紹介され、二十数年間同じ仕事を続けている。今では現場監督をまかされている。しかし年齢とともに劇団と地下鉄工事のかけもちがきつくなってきた。同時に転機の二文字がちらつき始めた。

 

「50歳になったころから今後をどうしようかと思い始めた。選択肢は三つ。
 第一は身を固める。子供を持つにはぎりぎりかなと思う。すぐできても子供が20歳のときに72歳。
 第二は寺山さんやシーザーやってきたことを引き継いで、次の世代に伝える。
 第三は劇団を辞める。辞めようと思ったことは何度かあるが、ここまできたら、いないとだめだなと思ったりもする。地下鉄工事を紹介してくれた先輩は、家庭を持つと劇団を辞めて工事会社の社員になった。その道もあるが、それもなあと思う。せめて役者で食べていけないか、劇団とは別にプロダクションに入るとか、努力をしなければと考えている」

 

 小林さんは昨年父親を亡くした。故郷で独り住まいとなった母のことも気がかりだ。しかし帰って何ができるのか? 食べていけるのか? 芝居はどうする? 第二の転機が目前に迫っている。貪欲さがないという小林さんがそれをどのようにつかむのか、正念場でもある。

 

 ところで、「万有引力」は3月に東京で『身毒丸(しんとくまる)』の公演をおこなう。悩みは尽きないが「劇団を続けることが自分の選択肢だと考えている」と言う小林さんは、どんな芝居を観客に見せてくるのか。

(週刊FLASH 2017年2月27日号)

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