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小林紀晴が教える「職業としてのカメラマンになる方法」写真より興味があるものを持て

ライフ・マネー 投稿日:2022.04.24 11:00FLASH編集部

小林紀晴が教える「職業としてのカメラマンになる方法」写真より興味があるものを持て

写真:Winner Media/アフロ

 

 職業として写真を撮る者になりたいといって、私のアシスタントに応募してきた一人の青年の話をしよう。結局、経験がないという理由で彼を採用することはなかったのだが、「何を撮ったらいいのかわからない」というので少しアドバイスをしたことがある。

 

 履歴書に、サッカーをしていたことが書かれていた。聞けば高校時代、地方のサッカーの強豪校でサッカー部に在籍していたという。でも、彼が3年生のときは予選で敗れ、全国大会に出場ができなかったらしい。

 

 

「もし、自分が君だったら、休みの日にサッカーを撮る。近所の高校に行って、作品をつくりたいので撮らせてくださいとお願いする。写真がいい悪いとは別のところで、君が撮ることで、すでにストーリーができあがっているから」

 

「ストーリーができあがっているって、どういうことですか?」

 

 彼は不思議そうな顔をした。

 

「例えば全国大会に出場ができなかった悔しさを撮る。すると、観る者に伝える力、つまり説得力を持つ。これは君の武器になるよ」

 

 すると彼は「なるほど」と言ってうなずいた。「撮ったら、写真を観てもらってもいいですか」というので私はうなずいた。でも彼は結局、私のところへ写真を持ってこなかった。撮らなかったのだろう。

 

 実際に撮るとなったら、相当の労力を要することはわかっている。

 

 出身校は遠いから、そこに通うのは物理的に無理だ。だとしたら身近にどんな高校があり、どこが撮影許可をくれそうか、問い合わせることから始めなくてはならない。そして許可を得るために説明、交渉をしなくてはならない。つまり行動しなくてはいけない。そうとうに面倒なことだ。

 

 でも、それはお金をかけなくても少しの勇気と知恵と行動力さえあれば、誰にでもできることだ。私に言われて体が動かなかったのだから、きっと彼はこの先、自ら行動してその写真を撮ることはないだろう。大きなチャンスを失ったことは間違いない。

 

 では、どうしたら写真を撮る者になれるのか。それは、写真より好きなものを持つことができるかどうか──。これに尽きると思う。こう考えるようになったのは、ある文章がきっかけだった。

 

 アジアを旅していた20代のとき、日本にいる友人から旅先に一枚のFAXが届いた。作家の村上龍が、あるカメラメーカーが発行している印刷物に寄せた文章だった。友人がそれをわざわざ送ってくれたのだ。

 

 私はそれを読んで深く納得した。写真を撮る者とはいかなる者であるべきか、ということが的確に書かれていたからだ。文章は「切り取られた一瞬」と題されたものだった。

 

「昔、カメラマンのことをうらやましいと思っていた時期があった」という文章から始まる。

 

「(略)シャッターを押すという一連の動作は、射撃に似ている。したがって優秀なカメラマンは優秀なハンターでなければならない。実際、ハンターとカメラマンは他にもよく似ているところがある。両者は、フィールドまで行かなくては絶対に獲物に出会えない。対象がいる場所まで出かけていかなくてはならない。

 

(略)わたしがカメラマンをうらやましいと思う理由がもう一つある。それは、カメラマンが意識を覚醒させつつ、フィールドに溶け込んでいなければならないことだ。山岳写真家は登山家でなくてはならないし、水中写真家はダイバーでなくてはならない。戦場カメラマンは、戦場で兵士のように過ごし、動く必要がある(後略)」

 

 私はこの文章を読んだとき、重要なことに気がついた。同時に救われた気持ちにもなった。私は、より旅人であろうと意識した。写真より旅の方が好きだという自分の気持ちを否定しなくてよいと気がついたからだ。

 

 実は、私は旅をしたいがために、いいわけのように写真を撮っている自分に引け目のようなものを感じていた。それが、この一文によって肯定的に考えられるようになった。同時に、写真より好きなものがあることが強みになることを知った。

 

 写真を撮る者を一口では括れない。山岳写真を撮るフォトグラファーと料理を撮るフォトグラファーを同じ職業といえるだろうか。おそらく料理を撮るフォトグラファーはヒマラヤには登れないだろうし、山岳写真を撮るフォトグラファーがファッションフォトグラファーのようにスタジオでモデルを撮るとは考えにくい。

 

 それぞれがまったく別の職種だと気がつく。それぞれの専門性が深く関わっているからだ。だからフォトグラファーになるために必要な条件と聞かれたら、私は迷わず「写真より興味があるものを持っている者」と答えることにしている。

 

 

 以上、カメラマン小林紀晴氏の新刊『写真はわからない~撮る・読む・伝える――「体験的」写真論~』(光文社新書)をもとに再構成しました。初心者からプロまで、今こそ考えたい「いい写真」とは?

 

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( SmartFLASH )

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