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100年企業「ロート製薬」の成長を支えた2つの制度「社外チャレンジワーク」と「社内ダブルジョブ」の現場
ライフ・マネーFLASH編集部
記事投稿日:2023.10.28 11:00 最終更新日:2023.10.28 11:00
2020年4月、私は、エグゼクティブサーチの紹介でロート製薬に入社しました。私がロート製薬という会社に興味を抱いたのは、「新たな事業が生まれる会社の原動力」を知りたいと思ったからです。
ロート製薬は1899年に、創業者の山田安民氏が大阪に「信天堂山田安民薬房」を設立し、胃腸薬を売り出したのが始まりです。
戦後は株式会社に改組して現社名となり、テレビCMでお茶の間の認知度を高める一方、1975年、アメリカのメンソレータム社から商標専用使用権を取得しました。1988年には、メンソレータム社を買収し、以後、胃腸薬、目薬、メンソレータムを3本柱に堅実な経営を続けてきました。
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そんな老舗企業を大きく変えたのが、創業家4代目の山田邦雄会長です。創業100年目の1999年、43歳で社長に就任すると、スキンケア事業に注力し始め、2001年に機能性化粧品「Obagi(オバジ)」を発売、2004年からは「肌ラボ」シリーズを市場投入しました。
さらに2006年には、漢方シリーズの「和漢箋」を発売しました。また、2013年以降は再生医療の領域に進出し、近年は食や農業関連の事業も展開しています。
その間、業績も好調で、1999年度に約550億円強だった連結売上高は、2021年度には約1996億円にまで伸びました。組織規模も拡大し、99年に約775人だった従業員数(単体)は2021年3月時点で約1600人(同)にまで増えています。
なぜ、このような事業拡大と成長が可能だったのか。
ロート製薬では2014年に、立候補した社員から構成される人事改革プロジェクトが発足しました。プロジェクトは「日本を変える、支えるような新しい働き方をつくる」ことを目標とし、そこでの議論から出てきたのが「社外の複業や社内の兼業を認めてほしい」という意見でした。これを受け、2016年にスタートした制度が「社外チャレンジワーク」と「社内ダブルジョブ」です。
社外チャレンジワークは、社員が就業時間外に社外で複業をする制度であり、入社3年目以上の社員を対象としています。制度開始時点で60人強、今までに144人が挑戦しています。
その代表例としてよくメディアで取り上げられるのは、目薬の無菌製造工場でのノウハウを生かして奈良市でクラフトビールの醸造所を立ち上げた市橋健さん(現・広報、CSV推進部)でしょう。
ほかにも自治体の戦略推進マネージャー、美容ウェブライター、大学講師、キャリアコンサルタント、外国語講師、デザイナーといったさまざまな複業に就いている社員たちがいます。その中に収入補てんを目的に複業をしている人は一人もいません。
この社外チャレンジワークは、「パーパス経営」のあり方を吟味していくうえで、とても示唆に富む制度だと私は思っています。というのも、パーパス経営において大切なことは、企業のパーパス(存在意義)と社員の個人のパーパス(職業観、価値観、キャリアビジョン)をできるだけ同期させることですが、個人のパーパスは往々にして企業のパーパスからはみ出してしまう場合もあります。
たとえば、クラフトビールの事業を起こした市橋さんは、「奈良の素材にこだわった地ビールをつくって地域を盛り上げたい」という個人パーパスを持っています。これは事業の性格上、当時のロート製薬では実現しづらい個人パーパスでしたが、社外チャレンジワークの制度が整ったことによって、市橋さんはその実現を、会社に籍を置きながら目指せるようになりました。
会社側は市橋さんの複業を認める度量を示すことで、彼が得ることができる「従業員経験価値(Employee Experience:エンプロイー・エクスペリエンス)」を高めているとも解釈できます。
社外チャレンジワークは会社にとってもメリットがある制度です。 複業の実務を通じて社員が習得した知識やスキルや外部ネットワークが、結果的に社内に還元されるからです。
市橋さんのケースで言えば、ビール醸造所の経営を通じて、彼は、販売、会計、税法、特許、商標など、本業では習得できないさまざまな知識やスキルを実地で学ぶことができていますし、ロート製薬の看板を使わずに事業を起こし、展開していく中で人間力やリーダーシップも磨かれています。
社外のさまざまな人たちとの出会いや交流といった「越境学習」を通じて自身の働き方や自社のあり方を見つめ直す機会も得ていることでしょう。
複業・兼業解禁について山田会長は「会社の中では、社員が能力の3分の1ぐらいしか出していないんですよ。だから、会社の枠組みじゃない所で経験させたり、つながりの中で刺激を受けると、人生が豊かになるし、うちにも新しい可能性を吹き込んでくれる」と話しています(『日経ビジネス』2019年1月7日号)。
もう一つの制度である社内ダブルジョブは、社員が就業時間の一部を使って他部門や他部署でも働ける兼業制度です。こちらも現在は123人以上が実践しており、「営業と広報PR」「商品企画と人事」「知財と国際事業」といったさまざまな兼業の形が見られます。
もともとロート製薬では、社員が自分の守備範囲にこだわらずに、他部門や他部署とも積極的にかかわっていくワークスタイルを重んじてきたと聞いています。
けれども、組織を効率よく運営していくためには、やはり社員を特定の部署に配置していく必要がありますし、そうすると、自分の個人パーパスとは必ずしも完全に合致しない(正確には、会社の根本のパーパスには共感しているものの、個人のキャリア上のWillとは異なる)部門や部署で働かざるをえない社員も出てきます。
もちろん、自分のパーパスと直接関係のない部門や部署で積んだ経験が、その後の本人のキャリアによい影響を与えることは少なくないのですが、この個人のパーパスと与えられた仕事の間のギャップをそのままにしておいては個人の力は十分に発揮できないと考え、社内ダブルジョブの制度を開始しました。
したがって、これも一義的には従業員経験価値を向上させる制度と言えます。会社側にも、潜在力のある若手に、定期異動とは違う形で、さまざまな部門や部署の仕事を経験してもらえるというメリットがあります。
社員をプロの仕事人として扱い、その自発性を重んじてジョブ創出や経験価値向上につなげてもらう。越境した先の世界での葛藤や挑戦を自らの成長の糧やエネルギーの源泉にしてもらう。
また、外部環境の変化が激しい時代において、各自が複数の視点で業務遂行する意味は大きく、ロート製薬では複業・兼業をドライバーにして社員と会社の共成長を推進していこうとしているのです。
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以上、髙倉千春氏の新刊『人事変革ストーリー』(光文社新書)をもとに再構成しました。戦略人事や人事制度改革に取り組んできた人事のプロが、日本企業が抱える課題と歩むべき道を示します。
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