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「おれは日本一の採集人になる!」真夜中に木に登り山から滑落、妻からは白い視線…それでもあきらめないオオクワガタ・ハンター孤高の世界

ライフ・マネーFLASH編集部
記事投稿日:2024.08.07 16:00 最終更新日:2024.08.07 16:00

「おれは日本一の採集人になる!」真夜中に木に登り山から滑落、妻からは白い視線…それでもあきらめないオオクワガタ・ハンター孤高の世界

高所に潜んでいたオオクワガタを手に目を細めるキクリン。10メートル超まで登ることもある

 

 とんでもない凄腕のクワガタ・ハンターたちがいるらしいーー。

 

 マタギのような脚力を持ち、人も通わぬ山奥に入っていく。真夜中に木に登り、熊どころか心霊現象にも怯まない。ときには数十メートルの崖の上にも挑むという。

 

 彼らが探し求めるのは、日本昆虫界のスーパースター・オオクワガタ。飼育品は安価で手に入るようになったが、天然個体は非常に希少で、めったに見ることができない。そんな “獲物” を苦労の末に見つけても、彼らは虫を売ってお金に換える気はさらさらない。

 

 

 カリスマリーダーが束ねる集団は「インフィニティー・ブラック」。メンバーは日本全国に15人を配する。その活動を3年にわたって追った野澤亘伸『オオクワガタに人生を懸けた男たち』(双葉社)から、熱い2人の男のエピソードを紹介する。

 

■「森のケモノ」菊池愛騎(39、愛称・キクリン)

 

 真冬の東北のブナ帯。2メートル近く積もった雪から、巨大なブナの折れ株が突き出ていた。菌類がよく回って、虫たちが好む腐朽状態だ。キクリンは折れ株に登ると、朽ちた胴に頭を突っ込んで小鼻をピクつかせている。

 

「オオクワガタが好む匂いじゃないですね」

 

 この男は虫の嗅覚を持ち合わせているのか!? これほどの材に、さっさと見切りをつけると、もう先へ進み出そうとしている。筆者も嗅いでみるが、何がダメなのかわからない。もう少し調べたらどうなのか?

 

「手当たり次第に見ていたら、人生がいくらあっても足りませんよ」

 

 広大な山の中でオオクワガタを見つけるには、何よりも判断力とスピードを重視するという。一日にどれだけの面積を歩けるか、そのなかで何本の木を調べられるか。インフィニティーのメンバーが目指しているのは、新たな生息地の発見だからである。

 

 彼の後を追って、きつい斜面を登っていく。スパイク付きの長靴でも、何度も滑り落ちそうになった。苦しくて口は開けっぱなしになり、鼻水が垂れ続ける。

 

 キクリンは吹きならされた雪面に立ち、尾根へと続く木立を見つめていた。

 

「オオクワガタが産卵にいちばん好むのは、『生枯れ』といって、木の本体は生きていて枝などが部分的に枯れた場所です。それらは高所に多いため、我々にはほとんど調べることができない。また樹洞や土中も。今日歩いてきたなかで見ることができたのは、この自然の1%にも満たないでしょう。人間の力なんて、そんなものですよね」

 

 なぜ、オオクワガタは見つけるのが極めて難しいのか? その理由は、数が少ないだけではないとキクリンは言う。

 

「オオクワガタは、常に一等地を目指すんです」

 

 成虫はとにかく棲家に妥協しない。人間でいえばタワーマンションの高層階にしか住まないそうだ。

 

 しかも間取りのいい部屋(大きなウロや樹皮めくれ)が空いているだけでなく、立地が高級住宅街(二次林ではなく自然林)でなければならない。食事(樹液)は外出せずに家の中に限る。

 

 さらに、目の前に目障りな建物があるとダメ(開けた空間が好き)で、風通しや湿度など、すべてが条件になる。高層階が好きで、まわりに竹林があるとさらにいい。こんな条件がそろった物件は、一山に数本あるかないかだという。

 

 そこにたどり着いたいちばん強いオスが部屋を占拠してメスを迎える。彼らが庶民(一般種のクワガタ)と違うのは、エサ場よりも隠れ家を優先することだ。

 

 ノコギリクワガタのように、ペタッと木にとまって樹液を舐め、土に潜って寝る生活に甘んじられない。一等物件にあぶれた個体たちは、ほかの場所を探している間に鳥などの外敵に捕食されるか、力尽きて死んでしまうと考えられる。

 

 つまりオオクワガタの成虫は、条件に合った住まいの数しか生息できないのだ。

 

 キクリンが、本格的にオオクワガタ採集を始めたのは24歳のときだった。小さいころから憧れていた虫を、一度は自分で採ってみたかった。やるからには徹底してのめり込むタイプである。当時すでに結婚して子供もいたが、妻に「おれは日本一のオオクワ採集人になるから」と宣言した。

 

 仕事が終わってから、車で数時間かけて夜の山に通った。週に4日、朝まで頑張っても一頭も見つけられない。それが3年続いた。

 

「いつも何も採ってこないので、妻に『本当に虫採りなの?』と浮気を疑われました」

 

 執念が実り、有名産地(生息数が多い)でなら、やっと自力で採れるようになる。それから一年後、オオクワガタ界のカリスマに出会った。インフィニティーの創始者、白村つとむである。彼の採集歴は30年におよび、これまで21の都道府県でオオクワガタの生息場所を発見してきた。

 

 キクリンは白村との採集で、目から鱗が落ちる体験をする。

 

「すべてが学びでした。森の歩き方が違う。僕は木を見ているのですが、白村さんは山を見ていた」

 

虫を探して三流
材を探して二流
空間を探して一流
風を感じて超一流

 

 白村の提唱する “オオクワガタ採集の最速理論” である。広大な山の中で、偶然ではなく、すべてが計算の上で一本の木にたどり着く。

 

「今日はこの木で終わるから。弁当を持ってきたか?」

 

 ブナの立ち枯れを前に、白村は腹ごしらえを始めた。キクリンは「何を言っているんだ?」と思った。まだ調べてもいないのに、どうしてこの中にいると確信できるのか? 半信半疑で弁当を食った。

 

 それから目にした光景は、生涯忘れることができない。白村が立ち枯れの表面を削ると、中から幼虫がかじった見事な筋がいくつも現れた。

 

「オオクワの食痕は芸術です。蛇行することなく真っ直ぐに進む」

 

 圧倒され呆然とするキクリンに、白村の言葉が響く。

 

「この景色を覚えておけ。そして、なぜここにいたかを考えろ」

 

 キクリンにとって、本物の “オオクワ道” への始まりを告げるものだった――。

 

■孤高のフロンティア精神を持つ松島幸次(42、愛称「虫オタ」)

 

「虫オタ」は紛れもないトップクラスの採集家だが、オオクワガタを見つけられる確率は1%未満だという。これは彼が一度見つけた場所へは、仲間を案内する以外に再び行くことがないからだ。

 

「よく、SNSにオオクワガタをたくさん採った画像をアップしている人がいますが、それは採れる場所に行っているから当然だと思う。むしろ開拓に懸けて、まったく採れずに20連敗食らっている人のほうがすごいです」

 

 誰も知らない新規ポイントを見つけたときには、山奥で拳を握りしめて、一人絶叫するという。

 

「キターッ!って、ほんと涙が出ますね」

 

 その感動が、彼を何度でも山に呼び寄せる。しかし、家に帰って妻に報告すると、いつも塩対応だ。

 

「は? 何が新産地だよ。虫を売って少しは家計の足しにしろ」

 

「虫オタ」は基本的に見つけた虫を採らない。撮影して記録を残すか、知人に頼まれたときに少し持って帰る程度だ。

 

「嫁にお金のためなんかじゃないと説明しても、わかってくれない」

 

 これまで妻がキレて、「虫オタ」の実家に「虫採りをやめさせてくれ」と乗り込まれたことが2回ある。

 

 内緒で買った “採集カー” で、台風後に山に出かけたときのことだ。林道に倒木が何本もあったが、先に進みたい気持ちが勝って、アクセルを踏み込む。しかし、乗り越えているうちに、車体に刺さったようだ。

 

 それでも採集を続けていたら、明け方にインパネがすべて点灯して動かなくなった。レッカーを呼んで工場に持っていくと、「エンジンが焼け切っているので、買い替えたほうがいいです」と言われる。

 

 家に帰り、妻にどう伝えたらいいか思案を巡らせる。夕食を作っているときに、「あの~、車を廃車にしまして」と言った瞬間、焼き鮭が顔面に飛んできた。

 

 山から滑落して岩にぶつかったときには、激痛をこらえて家に帰った。

 

 妻に怪我をしたことを知られたら、「二度と行くんじゃない!」と言われるのが見えている。黙って風呂に入り、笑顔を装って夕食を食べた。子供たちが体に乗ってきたときには、「グエッ」となったが、バレないように堪える。翌日に医者に行くと「肋骨が折れていますね」と言われた。

 

 これまで「虫オタ」は30回以上もクマに遭遇してきたが、それよりも怖かったのは、新潟の山中に父親と採集に行ったときの出来事だという。それはどう見ても超常現象だった。

 

 夜にライト採集をする予定だったが、雨が降ってきた。大きな廃墟があり、その下からライトを設置した。車の中で日暮れを待っていると、なぜかフロントガラスを伝う雨が緑色に見える。変な空気を感じたが、気にしないことにした。

 

 夕食の用意をしようと、持ってきたガスコンロでお湯を沸かす準備を始めた。しかし、新品のカセットボンベなのに、何度やっても着火できない。

 

「家で試したときは着いたんだけどなぁ」

 

 カップラーメンが食えずに嘆いていると、山中から人の叫び声のようなものが聞こえた。

 

「なんだ、今のは?」

 

 周辺を照らすと、今度は川の向こうから「ウワーッ!」という悲鳴が聞こえた。

 

「ヤバイんじゃねえか?」

 

 父親の方に駆け寄ったが、平然として「どうした?」と言われた。すでに虫を探すことに夢中で取り合ってくれない。結局、自分も早く採集に集中したかったので、「空耳だな」と思うことにした。

 

 雨でもライトには虫が集まる。そうなると、叫び声のことなどすっかり忘れてしまう。クワガタの飛来も始まった。しかし、突然「バン!」と音がして、2台のジェネレーター(発電機)が同時に飛んでしまう。そんなことは、普通あり得ない。あたりはすっかり闇に包まれた。

 

 雨が激しくなり片づけられないので、車中で小降りになるのを待っていると、助手席の父親が念仏を唱えだした。「どうした?」と聞くと曇ったフロントガラスを指差す。

 

「げっ!」

 

 ムンクの「叫び」のような顔が浮かび上がっているではないか! しかも電気の通っているはずのない廃墟の非常灯が、緑色に点滅していた。

 

 なぜもっと早く帰ろうとしなかったのか?

 

「いや~、ライトが落ちる前にオオクワのメスが飛んできて、帰るに帰れなくなっちゃって」

 

 何物も、彼らの「採集魂」を止めることはできないのだ――。

 

写真/文・野澤亘伸(『オオクワガタに人生を懸けた男たち』著者)

 

のざわひろのぶ
1968年生まれ 栃木県出身 1993年、「FLASH」カメラマンとなり、フリー転身後は『師弟 棋士たち 魂の伝承』(光文社文庫)で第31回将棋ペンクラブ大賞受賞。そのほかの著書に『美しすぎるカブトムシ図鑑』(双葉社)など。季刊誌「BE-KUWA」(むし社)で、「虫のためなら、どこへでも!」連載中

( 週刊FLASH 2024年8月20日・27日合併号 )

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