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モンゴル遊牧民は「馬の色」400色を見分ける!?…言葉が教えてくれる「社会の関心度」とは

ライフ・マネーFLASH編集部
記事投稿日:2024.09.29 11:00 最終更新日:2024.09.29 11:00

モンゴル遊牧民は「馬の色」400色を見分ける!?…言葉が教えてくれる「社会の関心度」とは

画像はイメージです(写真:アフロ)

 

 モンゴル遊牧民には、ヒツジでも、ヤギでも、ウシでも、ウマでも、自身の所有する個体をぴたりと言い当てる「家畜個体識別能力」がある。ウシやウマなどなら毛色でわかりそうなものだが、ヒツジやヤギを見分ける能力にはたびたび恐れ入ったものである。

 

 さらに、家畜の識別能力は、自己と他者の所有する家畜を見分ける技術にとどまらない。同じヒツジでも、ヤギでも、生まれた季節や年齢、出生時の状態などによって、さまざまに分類されている。たとえば幼畜だけでも、次のような分類が特殊な個別名称とともに用いられる。

 

●ニャルフ・トゥル(生後2週間までの幼畜)
●オトゴン・トゥル(晩秋~年末に生まれた幼畜)
●ウンチン・トゥル(母に死なれた幼畜)
●テレー・トゥル(2頭の母親から母乳を飲む幼畜)
●オーガン・トゥル(年の一番初めに生まれた幼畜)
●フヒー(冬に生まれた幼畜)
●ヘンズ(夏の終わり~秋の初めに生まれた仔ヒツジ)
●ハブチライ(予定よりも早く生まれた幼畜)
●ハブチク(早産の小家畜・幼畜・妊娠した個体)

 

 これは家畜のオスウマについてもいえる。去勢した成獣馬は “アグト”、3歳以上の未去勢馬は “アズラガ”、成熟した馬は “グイツェーメル” 、永久歯の生え終わって間もない馬は “ウレーンツェル” などと分類して呼んでいるのだ。

 

 こうした事細かな分類は、その家畜の特徴や個性を見抜いて、牧夫が適切な生育や対処を実施するにあたって、遊牧民と家畜との関係に、特定の意味や方法などを規定している。“ニャルフ・トゥル” なら、もっと母親と一緒に過ごさせようとか、“オトゴン・トゥル” なら冬に虚弱化した母から生まれているので、室内でしばらく育てようとか、人間と家畜との関わり方の手引きであり、いわば家畜との対応を「トリセツ」のように明示しているのである。

 

 遊牧民の家畜個体の分類と識別能力とは、まさにニンゲンの認知能力の拡張といってよい。遊牧民が人類史に残した、誇るべき知覚ということができるのだ。

 

 

■ウマの毛色は400色!?

 

 なかでも遊牧民たちは、草原の暮らしになくてはならないウマを、かつては400種類以上の色で識別できたといわれている。

 

 筆者はかつて、鯉渕信一先生の『騎馬民族の心』(1992、NHK出版)を読んで、これを知っていただけに、ウマの色についての調査をしてみたいと常々思っていた。

 

 日本のウマの毛色は、「馬の毛色及び特徴記載要領」(第8版)によると全14種類に分類されている。サラブレッドに限っていうと、毛色は8種類と決められている。とすると、やはり400種類というのは、途方もない識別色のように思われる。

 

 一方で、近年はこうした馬色分類がモンゴル草原では失われてきているともいう。そこで、さまざまな馬色を写真で記録して、将来にも役に立つ「馬色帳」を作ってみようじゃないか、とモンゴル人の知人研究者に相談してみた。

 

 すると、家畜馬を1000頭も所有するM氏を、喜んで紹介してくれたのだった。同氏の放牧地でもある、ウランバートルから東へ50km行ったテレルジ市近郊の草原で、馬群を集めておいてくれるともいう。これは渡りに舟ということで、相棒のプロカメラマン稲田喬晃さんと、モンゴル人言語学者のエンヘー先生と一緒に2017年5月、馬色撮影調査に赴いた。

 

 一般的に、馬色は馬体の代表系統色に加えて、8つの部位((1)頭部、(2)たてがみ、(3)肩、(4)胴、(5)尻、(6)上脚、(7)下脚、(8)尾)の色の組み合わせによって色彩名称が決定される、複雑なクラスターとなっている。

 

 当初、お目当てのウマをいちいち捕まえて撮影……と思っていたものの、見たこともないほどの巨群のなかからの検索と捕縛は至難の業であった。そのため、捕縛5頭目であっさり断念する事態に。ひとまずゲルに戻ってお茶でもしながら、みんなでしばし思案する。

 

 そして、次は車輛で馬群のなかを走り回って、お目当ての馬色のウマにそろりそろりと近づいて撮影という方式に切り替えてみた。M氏とエンヘー先生につどつどウマの色を聞きながら、馬群のなかをかき分けて撮影を決行する。

 

 幸いこの方法が功を奏し、馬群のなかを走り回ること4日間、撮影画像は軽く5000枚を超え、これらの画像から23系統の代表色からなる142色の撮影に成功することができた。それでも、400種類にはほど遠く、モンゴル草原のさらに田舎には、より詳細な分類もあると期待させる結果を得ることができた。

 

 文化人類学の教科書に出てくる話を参照すると、イヌイットは「雪」を100種類以上に見分けることができるし、日本人も「雨」を表すボキャブラリーが万葉時代から400語を超えるとされ、ハワイ先住民の見分ける「風」の種類は600種にもおよぶといわれている。

 

 イヌイットは雪に応じて狩場や移動の仕方を変えたのだろうし、日本は3日間に一度は雨が降る多雨地域でもある。ハワイでは風に応じた海や波浪状況が、彼らの生死に直結したのだろう。とすれば、騎馬民族の末裔たるモンゴル遊牧民が、ウマの毛色を400種類にも見分けていたことにもうなずける。

 

 固有の社会で、一番の関心事を彩る多数のボキャブラリーとは、その土地に暮らす人々の、もっとも深い関心事を言語に置き換えた表現系ということができる。

 

 一方で、モンゴル語を学んでみると、日常で使われる形容表現の少なさに驚くことがある。たいていは「ゴイ(スゴイ、きれい、いいね、やったぜなど)」と「ヘッツー(やばい、きつい、辛い、苦しいなど)」で済んでしまうのだ。

 

 そう考えると、数百種類にもなる馬色とは、自己の感嘆や感情の表現以上に重視された、まさに遊牧民にとっての生きる価値そのものであったに違いない。

 

 

 以上、相馬拓也氏の新刊『遊牧民、はじめました。モンゴル大草原の掟』(光文社新書)をもとに再構成しました。遊牧暮らしのリアルを現地でフィールドワークしてきた著者が綴る草原世界の「掟」とは。

 

●『遊牧民、はじめました』詳細はこちら

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