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ペルシャ湾と紅海が「BRICSの海」に…加速するグローバルサウス、日本はどのように受け止めたのか

ライフ・マネーFLASH編集部
記事投稿日:2024.12.26 11:00 最終更新日:2024.12.26 11:00

ペルシャ湾と紅海が「BRICSの海」に…加速するグローバルサウス、日本はどのように受け止めたのか

ワシントンの会見でグローバルサウスについて語る岸田文雄前首相(写真:AP/アフロ)

 

 2023年7月に外相ポストに復帰した中国の王毅共産党政治局員は、当時のBRICS5カ国(ブラジルロシアインド、中国、南アフリカ)の外相会議で、「中国は言うまでもなくグローバルサウスのメンバーであり、永遠に発展途上国という大家族の一員である」と強調し、中国が主導して新興国・途上国の広範な連携を進める意欲をにじませた。

 

 

「グローバルサウス」とは、かつて世界の北のほうに多い先進国と南のほうに多い発展途上国の間の経済格差、いわゆる南北問題について、途上国の総称として用いられていたことばだ。このことばがいま、新興国・途上国の総称としてつかわれている。

 

 ロシアは中国とともに、両国が主要メンバーである上海協力機構やBRICSといった新興国の枠組みを拡大していくことに前向きである。メンバー国間の独自の決済システムなどを整備して、米ドル以外の通貨による決済を増やし、米国などによる制裁の影響を和らげることにもつながるからだ。

 

 これに対しインドは、中国がグローバルサウスの総代表のように振る舞うのを警戒しているし、中国やロシアの主導する枠組み拡大で米国への対抗色が強くなりすぎるのも避けたい。

 

 2023年8月に南アフリカのヨハネスブルグで開いたBRICSの首脳会議は、新メンバーとしてアルゼンチン、エジプト、エチオピア、イラン、サウジアラビア、UAEの6カ国を受け入れることを決めた。

 

 2024年から11カ国体制に移行すると、BRICSは世界の人口のおよそ46%、世界の名目GDPの29%(購買力平価では37%)を占める形になるはずだった。その後、アルゼンチンは政権交代で加盟を中止、サウジは加盟を保留した。

 

 G7の人口はいまの世界の人口の10%に満たない。1986年のピーク時に世界の名目GDPの68%を占めたG7の比率は、2022年には43%まで低下しており、購買力平価で計算すると30%を割り込みつつある。

 

 BRICSの拡大には、世界におけるG7の地位が低下しているという印象を強める政治的効果や、中東の有力産油国と中国、ロシアの結び付きがさらに強まったと印象付ける宣伝効果もあるだろう。

 

 ただし、経済的な効果については疑問が多い。BRICS拡大後のメンバー国の間の経済水準の隔たりが、あまりにも大きいからだ。1人当たり名目GDPが約5万ドルのUAEと、3000ドル台のエジプト、2000ドル未満のエチオピアが同じグループに入ると、経済面でのまとまりはほとんどなくなる。

 

 エジプトとエチオピアは人口が1億人を超える大きな国だが、両国のような所得水準の低い国が加わることで、新興国を代表する有力な国々の集まりというBRICSのイメージは保てなくなる。

 

 それでもロシアと中国が、これらの国々を新たなメンバーとして優先した背景には、地政学的な戦略があったとみられる。

 

 イランとサウジ、UAEは、世界最大の石油生産地帯の海上輸送の動脈であるペルシャ湾を北と南から挟む形になる。エジプトはアジアと欧州を結ぶ主要航路である紅海の北の出入り口を占め、エチオピアは紅海の南側の出入り口ににらみを利かす。

 

 その間にあるスーダンは、米国の影響力が弱い半面、投資や援助を通じてUAEとサウジが影響力を持ち、ロシアもアプローチを強めていた国だ。エリトリアは多数の国民が難民として国外に逃げ出す破たん国家であり、その政府が国連総会のロシア非難決議に反対を繰り返すロシア側の国である。これらの国とサウジが紅海を挟む格好になる。

 

 とりあえずは地図の上での変化にすぎないかもしれないが、ペルシャ湾と紅海が「BRICSの海」になることは、資源の輸送やグローバルな物流の面で、西側諸国にとって好ましい変化とはいえないだろう。

 

 2023年のBRICS首脳会議のホスト国、南アフリカは、アフリカの国が加わることに反対ではないが、中ロが主導する形でBRICSが拡大し、イランも加盟して反米欧の色彩が強まるのは好ましくないと考える。中国や中東からだけでなく、西側諸国からの直接投資や経済援助がこれからも続くことが、多くのアフリカ諸国にとって重要だからだ。

 

 ブラジルはアルゼンチンの参加を肯定していたが、対外債務問題を抱えるアルゼンチンが中国への依存を強めることは懸念していた。ブラジルもインドも、BRICSのメンバー増加と並行して、中国の主導権が一方的に強まっていくのは強く警戒している。

 

 結局、2023年8月のBRICSサミットの際に、モディ首相と習近平主席は立ち話をした程度で、2国間の首脳会談は設定されなかった。そして、習近平主席は同年9月にニューデリーで開催するG20の首脳会議を欠席することになった。

 

■日本のグローバルサウスに対する意識

 

 米欧中心の秩序への不満や反発という点で、中国やロシアと主張の一部は重なるが、めざす目的は同じではないインドやブラジル。これらグローバルサウスの有力国の考え方を理解し、ちゃんと対応していくことが、西側諸国の外交、日本の外交で重要になる。

 

 ロシアのウクライナ侵攻が始まってから最初の数カ月間は、日本のグローバルサウスへの関心はまだ弱かった。

 

 2022年6月、シンガポールで開かれたアジア安全保障会議(シャングリラ・ダイアローグ)で基調講演をした当時の岸田首相の講演のテキストの中に「グローバルサウス」ということばは、一度も登場しなかった。

 

 2023年に入ると、グローバルサウスは重要という認識が明確になる。岸田氏が2023年1月13日、ワシントンにあるジョンズ・ホプキンス大学の高等国際関係大学院(SAIS)で行った講演は、グローバルサウスとの関係重視をはっきりと示す内容だった。

 

 ワシントンでの講演で、岸田氏は今後の日本の外交課題への対応について、「志を同じくする国々、特にG7諸国の結束強化」「グローバルサウスとの関係」「中心的課題である中国との関係」──の3つの項目にまとめて説明し、中国と向き合う際にも、G7の結束に加えて新興国との協力関係が重要になるとの認識を示した。

 

「われわれが正しいと思う道を進んでも、グローバルサウスから背を向けられると、問題の解決がおぼつかなくなる」

 

 ワシントンでの講演で岸田氏は、グローバルサウスとの関係がなぜ重要かの説明に時間を割いた。岸田氏がG7諸国を歴訪していたのと同じ週に、インドのモディ首相が「グローバルサウスの声サミット」を主催していたのを、日本政府も意識せざるを得なかっただろう。G7が結束を強めても、新興国とすれ違いのままではまずい。2023年にG7の議長国を務める日本の首相が、自らその問題点を認めたところに、ワシントンでの講演の新味があった。

 

 ところが、日本のほぼすべてのメディアは、この講演の「グローバルサウスとの関係」の部分を無視した。2023年1月の時点では、「グローバルサウス」あるいは「グローバル・サウス」とカタカナで入力してインターネットで検索しても、南北問題や途上国経済に関する説明しか出てこなかった。

 

 政治的な意味がよくわからないので、日本のメディアはこの時点ではほとんど報道せず、講演の当日、翌日にグローバルサウスが日本で話題になることもなかった。しかし、岸田氏は講演から10日後の2023年1月23日、国会の施政方針演説でも「いわゆるグローバルサウスに対する関与を強化していく」と繰り返した。

 

 岸田氏は、日本がグローバルサウスへの関与を強め、2023年に日本が議長国であるG7とインドが議長国であるG20の橋渡しに努めることを当面の外交のテーマにし、5月のG7首脳会議(広島サミット)の課題に据えたのである――。

 

 

 以上、脇祐三氏の新刊『グローバルサウスの時代~多重化する国際政治~』(光文社新書)をもとに再構成しました。国際政治における新たな行動原理を持つグループと、日本はどう付き合っていくべきなのか。

 

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