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【ドイツ昆虫紀行】世界最大のミヤマクワガタ「ケルブス」深紅の大顎を撮った!ケンカから、交尾、空中乱舞まで

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記事投稿日:2025.07.13 06:00 最終更新日:2025.07.13 06:00
出典元: 週刊FLASH 2025年7月22日号
著者: 『FLASH』編集部
【ドイツ昆虫紀行】世界最大のミヤマクワガタ「ケルブス」深紅の大顎を撮った!ケンカから、交尾、空中乱舞まで

深紅の大顎が特徴的なケルブス

 

 夏になれば思い出す。子供のころ、里山の虫採りで一番人気はミヤマクワガタだった。その最大種がヨーロッパにいると知り、初めて図鑑で見たときにはぶったまげた。

 

 巨大な頭冠(とうかん)、ド迫力のボディ、剣のように鋭利な大顎。まるで甲冑を纏(まと)った中世の騎士のようではないか。このクワガタが生きている姿を、いつか見たいと思い続けてきた。

 

 そして2025年6月、少年の日の夢を果たすべく、私はドイツの森へと飛んだ。

 

 フランクフルト空港に着くと、今回の “助っ人” 田代尊久(たかひさ)さん(39)が待っていてくれた。田代さんは仕事で4年前からドイツに赴任しており、各国を飛びまわる多忙な日々のなか、昆虫観察に情熱を注いでいる。

 

 ヨーロッパミヤマクワガタは欧州全域に生息しているが、限られた情報しかなく、広大な森林の中で見つけるのは簡単ではない。田代さんはこれまで自力で、数カ所の生息ポイントを見つけてきた。

 

「ミヤマは毎年5月中旬から現われて、6月前半から中ごろにかけて発生のピークを迎えます。夜になったら行ってみましょう」

 

 虫好きが「今夜」と誘われて、その気にならないはずがない。麗しの女性に会うが如く、14時間のフライトの疲れなど吹っ飛んだ。

 

 

20時半に田代さんの赤いスポーツカーに乗り込む。ドイツには欧州で唯一のアウトバーンがあり、これはヒトラーが建設を推進したものである。速度制限がない区間のため、田代さんはアクセルを踏み込んだ。うおおおおー、時速200キロを超えている!

 

彼はサッカー少年だったそうで、運動神経がバリバリに良く、ハンドル捌(さば)きがレーサーのようだ。周りの車をどんどん追い越しながら、我ら永遠の昆虫少年はクワガタの森へと向かった。

 

 ヨーロッパミヤマクワガタの何がすごいかというと、その大きさと姿だ。世界に約140〜150種いるミヤマクワガタのなかで最大種であり、大型個体は頭部が発達して、バケモノ級の迫力がある。

 

 ドイツやフランスにいるものは大型で90mm、トルコやシリアにいる亜種のなかには100mmを超えるものもいる。日本のミヤマクワガタは大型でも60mm台後半がほとんどで、70mmを超える個体は少ない。ちなみにヨーロッパミヤマは、種小名(しゅしょうめい)から一般に “ケルブス” と呼ばれる。ここからはその表記にさせていただく。

 

日本の森林は山岳部に多いが、ドイツはひたすら平地に広がっている。そして想像していた以上に都市部周辺に森が多い。田代さんは言う。

 

「こちらでは市民と森との触れ合い方が、日本と違いますね。街の中に大きな天然林があり、人々が散歩できる道が整備されている。身近であるとともに、共有財産として保護する意識も高いように感じます」

 

 ケルブスが生息する森に着いた。時刻は21時を過ぎていたが緯度が高いため、まだ明るい。森にはコナラやブナ、パインなどの樹木が多く、ケルブスはコナラの樹液に集まるという。

 

 散歩道は小石が敷かれてきれいにされているが、それ以外はありのままの状態が残されている。直径が1mを超える大木から若木までが混在し、自然界のバランスのなかでさまざまな樹種が生育していた。

 

 枯れ木や倒木はそのまま残されており、それらは多くの生物たちの “ゆりかご” になっている。ケルブスはこうした天然林に生息していて、伐採から再生した二次林では見られないという。これは、日本のオオクワガタの生息環境と共通している。

 

 そのときは突然やってきた。

 

「あっ、いました」

 

 慌てて田代さんが指すほうを見上げる。コナラの高いところに、大型のクワガタのシルエットが見えるではないか! まごうことなきケルブスだ。

 

「77mmくらいあるんじゃないかな。あっ、上にもう一頭いますね」

 

 10m以上離れているのに、ミリ単位でサイズがわかるのはさすがだ。

 

 そこに別のオスが幹を伝って降りてくるところだった。よく見ると、先に見つけたオスは、樹液を舐めるメスをメイトガードしていた。どうやら恋仲にライバル出現だ。以下は実況とクワガタ語の翻訳である。

 

 恋敵はメスのフェロモンに気づき、一直線に近づいてくる。

 

「おい、その女をよこせ!」

 

「笑わせるんじゃねえ。お前こそ失せな」

 

 亭主のほうは女房に指一本触れさせまいと、大顎を全開にして威嚇した。

 

「じゃあ、力づくでいただくぜ」

 

 恋敵も顎を開げて、俺のほうが大きいと言わんばかりだ。やはり男はデカさにこだわる。

 

バチバチバチ!!︎

 

 森のスーパーバトルが始まった! 激しく顎が噛み合わさり、亭主が恋敵を挟んだ。一気に投げ飛ばすかと思ったが、相手も体を入れ替えて挟み返す! 熱戦に大歓声が上がった(我々2人)。

 

 ちなみにケルブスの挟む力はかなり強く、大人でも悲鳴をあげるほどだ。自然界で見るオスの体には、穴やキズがよくついており、こうしたケンカは日常的なのだろう。

 

 どうやら勝負がつき、亭主が女房を守り抜いたようだ。

 

「あら、終わったの?」

 

 彼女はその間、男たちの闘いに一瞥もくれずに樹液を舐め続けていた。「私を欲しいなら命をかけるのは当然よ」と、言わんばかりに。悪女だねぇ〜。

 

 気づくと我々の上を一頭のメスが旋回していた。飛翔力が強く、滞空時間がとても長い。フェロモンの航跡を残して、オスが探し当てられるようにしているのだと思われる。

 

 日本のミヤマクワガタは昼間でも樹液によくついているのだが、田代さんの観察ではケルブスは日中ほとんど活動しないそうだ。ただ、体内時計がしっかりしていて、まだ明るくても20時頃になると盛んに飛び回るという。

 

「4年前に、最初に見つけたときは感激しました。もっと見つけるのが難しいかと思っていたのですが、何度も通ううちに、場所によってはけっこうな数がいることがわかってきた。ちょっとありがたみが薄れましたけども(笑)」

 

 ケルブスは、ドイツほか欧州の多くの国で保護生物になっている。人々は虫への関心が薄いので、あまり存在を知られていないが、個体数は意外に多いようだ。ちなみに、現地の人にケルブスの写真を見せると、やや間があって、「こういう虫がいるというのは知っているけど、見たことはない」というリアクションだった。

 

 そのまま奥へと歩いていくと、樹液にメスのケルブスがついていた。40mmくらいはあり、体表のスレもなくきれいな個体である。まだ活動を始めて間もないのだろう。

 

「メスは見られることが少なくて、例年では数頭くらいなんです」

 

 田代さん曰く、今年は5月中旬くらいに発生が始まったが、その後に気温が低い日が続いたので、まだ発生初期の印象だという。

 

「ピーク時になると、交尾がすんだメスは産卵のため土に潜ってしまうため、木についているのはほとんどオスだけになりますね。地面には、鳥や動物に食べられた死骸がたくさん落ちています」

 

 翌日、同じ時刻に森に出かけたが、気温が下がって虫の気配が少ない。ケルブスが喧嘩をしていたコナラにも、この日は姿がなかった。

 

 しばらく歩きまわって今日はダメかと思っていると、また田代さんが見つけた。コナラの10mほど上にオスのケルブスがついている。

 

「そんなに大きくないかな。70mmくらいでしょうか」

 

 ケルブスが2mの高さまでやって来た。ライトで照らすと、大顎が赤く浮かび上がった。磨かれた高級車のような光沢。これぞ夢に見た姿である。この赤みは生きているときだけで、標本には残らない。

 

 とくにドイツ産のオスは顎が長くなる傾向があり、とてもカッコいい。その美しさに、しばらく見惚れていた。

 

「たくさん飛んでいますよ」

 

 田代さんの声にハッとして周囲の木立を見上げると、まだ明るさの残る空を何頭ものケルブスが舞っていた。10頭、いやもっといる。ほとんどがオスのようだ。近くに止まらないかとカメラを構えるが、どれも飛び続けていて、かなり高いところまで上昇する個体もいた。

 

 このように乱舞する光景は、日本のクワガタでは見たことがない。田代さんの観察ではケルブスの成虫が見られる期間は、初夏の一カ月半ほどだという。外敵の存在や、厳しい自然環境を考えれば、寿命をまっとうできる個体は少ない。ヨーロッパの短い夏を、生き急ぐかのようだった。

 

写真、取材&文・野澤亘伸

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