
坂本冬美
時代の変遷とともに『紅白歌合戦』の審査方式もアップデートし続けていますが、第1回から変わらないのが、審査員席にお座りになるゲスト審査員の方々の存在です。
この年のゲスト審査員は、2009年から放送されたスペシャルドラマ『坂の上の雲』の主人公・秋山真之を演じられた本木雅弘さん。2008年北京五輪レスリング女子55kg級金メダリストの吉田沙保里さん。同フェンシング男子フルーレ個人銀メダリストの太田雄貴さん。引退を発表されたマラソン女子の高橋尚子さん。歌舞伎の松本幸四郎(現・白鸚)さん。大河ドラマ『篤姫』で幾島を演じた松坂慶子さん、和宮を演じた堀北真希さん。翌年の大河ドラマ『天地人』で、主人公の直江兼続を演じられた妻夫木聡さん。著書『悩む力』がベストセラーとなった姜尚中さん。
この9人の方に加えて、もう一人。青春時代をソフトボールに捧げたわたしにとっては、 “神様” のような存在である、北京五輪で金メダルを獲得した日本女子ソフトボールチームの大エース、上野由岐子さんです。
ソフトボールの強豪県といわれる和歌山ですが、その当時わたしが通っていた中学は、弱っちい紀南地域。強豪校がひしめいているのは紀北地域。その間には、天と地ほどの差がありました。
紀南の中学校6校の中で優勝し、紀北のチームと対戦したこともありますが、聞くも涙、語るも涙です。
せめてバットには当てたいと、それなりの覚悟を持ってバッターボックスに入ったところまではよかったのですが、相手チームのエースがボールを投げた直後、ゴォォォォォーッという音が耳を刺し、2倍くらいに膨れ上がったボールが浮き上がりながらわたしの顔に向かって飛んできます。
ひぇぇぇぇぇ〜っです。ひょぇぇぇ〜っです。オーマイガッです。
バッターボックスの中で思わずしゃがみ込んだその瞬間、ズドーンという音とともに、ボールはキャッチャーミットに収まっていました。まるで漫画の世界です。
違う世界の人たちだと感じていた和歌山大会でこうなのですから、世界一に輝いた日本の大・大・大エース、上野さんのボールがどれだけすごいのかは、想像することすらできません。
そんなわけですから、ディレクターさんに「上野さんが審査員席からボールを投げるので、それをグローブで受けてください」と言われたときも、何が何やらです。
「誰が……ですか?」
「冬美さんが、です」
「わたしが……上野さんの投げたボールをキャッチする?」
きょぇぇぇぇ〜っです。実際にはしませんでしたが、嬉しすぎて飛び跳ねたいような気分でした。
「お前はキャッチャーな」
中学時代、たまたま空いていたキャッチャーに指名されたときは、「ソフトボール部になんて入らなきゃよかった」と思いましたが、このときほど、ソフトボールをやっていてよかったと思ったことはありません。
緊張の本番では、上野さんが投げてくださったボールをわたしがなんとかキャッチ。本番終了後に、 “坂本さんへ” とサインを入れていただいた記念のボールは、今も棚の上でひときわ強い光を放っています。
さかもとふゆみ
1967 年3月30日生まれ 和歌山県出身『祝い酒』『夜桜お七』『また君に恋してる』『ブッダのように私は死んだ』など幅広いジャンルの代表曲を持つ。現在、最新シングル『浪花魂』が好評発売中!
写真・中村 功、産経新聞
取材&文・工藤 晋
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