
「みんなもそう思っているだろう」「この情報は皆も共有しているだろう」という、共通と思える他者の知識についての “予期” のことを「コモン・センス」と呼んでみます。私たちのコミュニケーションは、こうした “共有しているはず” という期待を足場にして、なんとか成立しています。
逆に、コモン・センスが弱くなってくると、世代間のギャップ、前提のズレ、伝わったと思ったのに伝わっていなかったこと……。こうした目に見えないズレが多くなり、人間関係は徐々に「他人」に戻っていってしまいます。社会全体でコモン・センスが希薄化していっている今、必要なのは「対話が成り立つ前提」をつくることだと筆者は考えています。
コモン・センスは、人の内なる価値判断のレベルではなく、「周りがどう思っていると予期しているか」という、認識のレベルに位置します。この「周囲の行動への予期」が人の行動を変えることは、様々な角度から検証されてきました。
たとえば、いわゆる「同調圧力」、心理学でいえば同調バイアスと呼ばれる現象です。同調バイアスとは、たとえば避難警報が鳴ったときに、「みんなも訓練だと思っているから大丈夫だろう」と避難を遅らせるようなことです。
そうした場面で作用しているのは、「集団の50%以上が訓練だと思っている」という客観的事実などではありません。あくまで、「多くの人がそう思っているだろう」という周囲の認識についての予期です。行列ができている店に入りたくなるのも、SNSで「いいね」が多い投稿に注目が集まるのも、同じです。
近年の研究でも、人の行動や判断は、内面的価値観よりも、「周りの他者もそう考えている」という認知の方に強く影響されていることが実証的に示されてきています。たとえば、学生の飲酒に関する心理学の研究では、学生たちは「周囲は飲酒を肯定的に受け止めている」と思い込んで行動していました。しかし実際には、多くの学生が内心では飲酒を不快に感じていたことが明らかになっています。
同じく心理学には、「ステレオタイプ脅威」と呼ばれる現象があります。これは、ある集団に属する人が、その集団に向けられた否定的なステレオタイプ(固定観念)を意識した途端、本来の力を発揮できなくなるというものです。たとえば、女性が「女性は一般的に、男性より数学が苦手だ」というステレオタイプを意識させられると、それだけで実際にテストの成績が下がってしまうことが実証されています。
このように、グループの中で「周りの人が何をどのように判断するだろうか」という周りの価値観への予期こそが、人の思考・行動に強い影響を及ぼしていることが、多方面から徐々に明らかになってきているのです。フランスの精神分析家であるジャック・ラカンは、「欲望は他人の欲望である」と言いましたが、そのことは多くの学問でも、実際の現象でも証明されてきています。
こうした「周囲の認識についての認識」は、これまで集団の「空気」や「雰囲気」などと呼ばれていたものです。「空気」というものは感覚的で捉えづらくコントロールが困難ですが、ここで言うコモン・センスはそれを「調整可能」なものとして捉え直します。コモン・センスという枠組みを通せば、「空気」のようなフワフワしたものを意図的に方向づけ、組織の行動やコミュニケーションを方向づけ、変革する手がかりとなるのです。
■コモン・センスが「対話の床屋談義化」を防ぐ
もう一つ、コモン・センスを整備することには、副次的な利点があります。それは、対話が “床屋談義化” するのを防げるということです。前提知識がバラバラなまま始まる議論は内容のレベルが低く、なかなか深まっていきません。その一方で、そうした人に対して「知識」を押しつけると、途端に対話的ではなくなってしまいます。
多くの対話が質の低い、床屋談義になってしまうのは、そこにあるコミュニケーションの前提が「浅すぎる」からです。たとえば、日本企業のテレワーク実施比率は、コロナ禍からの回復期、全国的に下がってきました。この統計的な事実に対するコモン・センスがないまま、いくら「自社のテレワーク導入について」対話しても、それは自社しか見ていない視野の狭い対話にしかなりません。
こうした知識は、自分だけが知っているのではなく、皆が知っている知識として話せることが重要です。つまり、コミュニケーションの場に関連するコモン・センスを「議論の土台」として用意することで、「教養」のような個人の努力に左右されずに、対話のクオリティを底上げすることができます。
つまり、コモン・センスの極めて重要な機能は、「話さなくていいところは話さずに済ませる」という機能なのです。冗長な説明やすり合わせ、事実の確認などに時間を割かず、そのコミュニケーションにとって重要な論点にすぐにアクセスできることこそ、組織内のコモン・センスがもたらす効果の一つです。
今、対話の時代の中で「丁寧に話し合うこと」ばかり奨励されていますが、コミュニケーションのことを真摯に考えるのであれば、実は「何を話さないで済むか」に目を向ける必要があるのです。
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以上、小林祐児氏の近刊『職場の対話はなぜすれ違うのか』(光文社新書)をもとに再構成しました。大規模調査による分析と、社会学や哲学、文化人類学の知見を駆使して、本当に有意義な対話の実現を目指します。
■『職場の対話はなぜすれ違うのか』詳細はこちら
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