左から関口由紀医師、宮田直輝医師、武井智昭医師
「また来月、来院してください」「いつものお薬、出しておきます」。かかりつけ医に定期的に診てもらえば、安心感があるものだ。だが、日本経済新聞などの調べでは、治療費に対して健康の改善効果が小さい「無価値・低価値医療」をしたことがある医師は、回答者の46%にのぼったという。あなたが受けているおなじみの治療も、無価値、いやむしろ悪影響かもしれない――。
■【薬の出しすぎ】何カ月も「漫然とロキソニン」はNG!? “治らないから増やす”は典型的な過剰医療
日本の医療費の約2割を占める薬剤費。薬の処方は、過剰・無意味な診療が起きやすい分野だ。女性医療クリニックLUNA横浜元町(神奈川県横浜市)の理事長・関口由紀医師はまず「不眠、不安」に対する睡眠薬や向精神薬の使い方に警鐘を鳴らす。
「40~50代以降の不調として現れる不眠や不安は、男女ともに、更年期によるホルモン変動や自律神経の乱れ、生活リズムの崩れが関与していることが少なくありません。それをきちんと評価せず、睡眠導入剤や抗不安薬だけを追加していくケースは、結果的に過剰といえます。効かないから薬を増やす、変える、という処方の連鎖が起きると、根本は何も変わらず、薬だけが増えていきます」
“治らないから薬を増やす”は、典型的な過剰医療なのだ。また、怪我や病気が治っているのに3カ月以上、痛みが続く「慢性疼痛」も、同様の構図がみられる分野だ。
「坐骨神経痛や帯状疱疹後神経痛、慢性的なしびれや灼熱痛は、炎症ではなく神経障害が原因であることが考えられます。それにもかかわらず、ロキソニンなどのNSAIDs(非ステロイド性抗炎症薬)を何カ月も漫然と出し続けている医師は少なくありません。効いていない薬を惰性で出し続ける医療は、患者さんにとって無価値な医療です。これは過剰というより、治療として成立していない状態です」
同様のケースは、逆流性食道炎や胃もたれでも起きていると関口医師は続ける。
「これらのケースでは、胃酸分泌を抑えるPPI(プロトンポンプ阻害薬)の処方が、症状が消えているのに『念のため』 と何年も続いているケースがあります。PPIは有用な薬ですが、長期使用では骨折や感染症、電解質異常、腎機能低下といったリスクがあることも知られています」
PPIは8週間程度の短期ですませ、その後はH2ブロッカーや漢方薬に切り替えるといった選択肢がある。
また、社会人にとってインフルエンザは「とりあえず薬をもらう病気」になりがちだ。
「抗インフルエンザ薬は、発症から48時間以内に服用することで効果が期待できる薬です。この時間を明らかに超えているにもかかわらず、処方しているケースは正直、過剰といえると思います。さらに、日常生活が可能である軽症の患者にも一律に処方されている現状がありますが、それは医療資源の使い方として、適切とはいえません」
さらに、内科や皮膚科で処方されるビタミン剤は、飲むほうも気軽に服用してしまいがちだが……。
「ビタミンCは水溶性で、重大な副作用は起こりにくく、そこまで神経質になる必要はありません。ただ、頻尿の症状が出ることがあり、利尿作用のあるカリウムを多く含む大豆製品を日常的に多く摂っている人が併用して、症状が悪化しているケースは臨床の現場ではよく見ます。一方で、ビタミンDは決して安全とはいえません。体内に蓄積しやすい脂溶性ビタミンで、過剰投与されている人は確実にいますし、血中カルシウム濃度が上昇し、腎機能が悪化している人も実際にいます」
こうした過剰医療の背景には、経営効率に縛られた構造的な問題があるという。
「たとえば経営上、医師が1時間に5人以上、診なければ収益が医師の給与を下回る医療機関の場合、カルテの記載や処方箋の作成などを考えると、1人に割ける診療時間は実質、7分くらいです。この短時間で不調の原因を掘り下げることは難しく、『患者さんがほしいと言う薬を出す』『前回の処方を踏襲する』と、思考停止した診療をしてしまうんです。本来なら、この薬や治療が必要なのかを一度、立ち止まって考えることが必要で、それが過剰医療を減らす第一歩だと思います」
■【検診のやりすぎ!】「最初から胃カメラ」も選択肢に――バリウム検査は“誰もが毎年”ではない
健診の“定番” であるバリウム検査。宮田胃腸内科皮膚科クリニック(東京都新宿区)の院長・宮田直輝医師は慎重な言い回しを選びつつも、現状の一律運用に疑問を呈する。
「無駄と言い切ると語弊はありますが、バリウム検査を全員に年1回、おこなう必要はないと思います」
その理由は検査の精度の特性に加えて、現場では見過ごされがちな合併症リスクがあるからだ。
「バリウム検査後に、便秘や、腹部の不快感が出る方は少なくありません。また、きわめて稀ではありますが、重篤な合併症として、腸閉塞や消化管穿孔が報告されていることも事実です。また、検査自体はレントゲンによる間接的な画像診断であり、小さな病変の評価には限界があります。加えて、検査の精度は施設や体制、読影経験によって差が出やすい側面もあります」
一方で、胃カメラについては明確にメリットをあげる。
「胃カメラは直接観察ができ、その場で生検も可能です。これは大きな強みです。バリウム検査で異常を指摘された場合、最終的には胃カメラでの精査が必要になります。そのため、リスクや目的によっては、最初から胃カメラを選択することも一案でしょう」
ただし、胃カメラも、誰もが毎年受けるべき、といえるわけではない。
「検査頻度を決めるおもな要因は、ピロリ菌感染の有無、胃がんの家族歴、慢性胃炎の有無などです。これらのリスクがない方は、2~3年に1回でも十分な場合があります」
大腸については、判断基準が比較的はっきりしている。
「便潜血検査が陽性であれば、一度は必ず大腸内視鏡検査を受けることをすすめます。とくに重要なのは、大腸がんの家族歴や、便が細くなる、形が変わるといった変化の有無です。症状も家族歴もなく、便潜血も陰性の場合には、過度に繰り返す必要性は高くないと考えます」
■【糖尿病治療の“足しすぎ”】インスリン→体重増→さらに過剰に薬を増やすよりストレスを減らせ
糖尿病の治療薬は、この20年で爆発的に増えた。内服薬だけでも数十種類に及び、複数の薬を併用している患者も珍しくない。
しかしその一方で、治療が複雑になるほど血糖管理がうまくいかないという矛盾も起きている。
高座渋谷つばさクリニック(神奈川県大和市)院長の武井智昭医師は、現在の糖尿病治療について「不要な薬が整理されないまま、種類だけが増えてしまっている状態」だと指摘する。
「糖尿病治療は近年、劇的に進化していますが、昔から使われてきた薬がそのまま残っている。結果として、患者さんにとってわかりにくく、負担の大きい治療になってしまっているのです」
武井医師が高く評価しているのが、GLP-1受容体作動薬だ。
「この薬は、インスリンを体外から補うのではなく、体内のホルモン作用を利用して食欲を抑え、血糖値の上昇を穏やかにします。マンジャロのような、週1回注射タイプの新しい薬は、血糖値を下げるだけでなく体重も減ります。何種類も内服薬を飲み続けるより、患者さんの負担は小さい治療だといえます」
糖尿病で「注射」といえばインスリンを思い浮かべがちだが、武井医師は積極的には使わないという。
「血糖値の数字だけを見て、比較的、早期からインスリンが導入されるケースもありますが、どうしても体重が増えやすくなるんです。体重が増えるとインスリンが効きにくくなり、さらに量が増えるという悪循環に陥ることがあります。本来は、インスリンを使わずに済んだ患者さんも少なくないと思います」
さらに武井医師が強い違和感を覚えるのが、多剤併用だ。
「無駄な薬が多すぎて、結局、効いていないんです。薬を足しても血糖値が下がらないのは、効かない薬を重ねているから、というケースも少なくありません。なかでも、インスリンの分泌を強制的に促すスルホニル尿素薬(SU薬)は、積極的に使う必要はありません。低血糖を起こしやすく、けいれんなどにつながる電解質異常のリスクもあります。いまの治療の流れでは、むしろ避けたい薬です」
糖尿病患者に向けられがちな「自己管理ができていない」「生活がだらしない」という偏見についても、武井医師は否定する。
「糖尿病は、生活習慣だけで説明できる病気ではありません。遺伝、ホルモン、睡眠、そしてストレス。誰でもなり得る現代病です。とくにストレスは、血糖値を上げる副腎皮質ホルモンを分泌させ、影響が大きいことを知っていただきたい。薬を増やすより、ストレスを減らしたほうが改善することも珍しくありません」
糖尿病治療は“足し算”ではなく“引き算”の時代だ、と武井医師は強調する。
「本当に効く薬を、シンプルに使う。患者さんの生活を壊さないことが、いちばん大切です」
必要だからではなく、惰性で薬が積み重なっている可能性もある。いま使っている薬が本当に必要なのか、ひとつひとつ医師に確認してみることも、過剰医療を避ける手段だろう。
関口由紀理事長/女性医療クリニックLUNA横浜元町(神奈川県横浜市)
山形大学医学部卒業後、横浜市立大学大学院博士課程を修了。同大学大学院客員教授、日本フェムテック協会代表理事。男性更年期医療にも精通している
宮田直輝院長・宮田胃腸内科皮膚科クリニック(東京都新宿区)
台北医学大学卒。慶應義塾大学病院などで研鑽を積み、2020年にクリニックを開設。消化器内科・内視鏡を中心に多文化医療にも従事し、国際学会での発表もおこなう
武井智昭院長・高座渋谷つばさクリニック(神奈川県大和市)
慶應義塾大学医学部卒業。小児科・内科の専門医資格を持ち、2020年から現職。0歳から100歳までの“1世紀”を診療する
写真・PIXTA 取材/文・吉澤恵理(医療ジャーナリスト)
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