渋谷パルコ(写真・AC)
1973年にオープンした渋谷パルコは、日本の社会の物質的・文化的な豊かさが頂点へと向かう、1980年代から1990年代の東京を象徴するファッションスポットでした。当時の東京の女性に向けた主要なブランドの多くが渋谷パルコに店を構えましたが、〈コム デ ギャルソン〉や〈ヨウジヤマモト〉らの新進気鋭のファッションブランドのブティックだけでなく、劇場やギャラリー、カフェも備え、とても斬新なテナント構成でした。
そしていまや伝説となった圧倒的にクリエイティブな宣伝戦略もビルの個性にぴったりとハマり、渋谷パルコの先進性を日本の当時の若者たちに、強烈に印象付けたのでした。こうして渋谷のはずれの人気がなかったただの坂道は「公園通り」となり、日本の商業とカルチャーを、ともに次のステージに引っぱり上げるような伝説の商業施設となりました。
実はその渋谷パルコはいま2度目の最盛期を迎えつつあります。
渋谷パルコは、1980年代から1990年代の狂騒の時代を経て、2000年代から2010年代にかけてやや息切れ気味だった時期がありました。一方ではJRが手掛けるルミネという駅ビルに強烈な切り崩しを受け、他方では〈H&M〉や〈ZARA〉といった海外の安価なファストファッションにシェアを削られました。
渋谷パルコだけでなく、渋谷という街も同様でした。若者の街の座は原宿や新宿に奪われかけ、六本木や麻布台といった「新しい」ショッピングエリアの台頭を許し、かつてのような圧倒的な存在感を失ってしまったともいえるでしょう。このしばらく続いた危機の時期を生き残り、コロナ禍以降の渋谷パルコが、平日、週末を問わず異様な盛り上がりを見せていることは、東京在住者にもまだあまり知られていないかもしれません。
パルコの親会社であるJ.フロント リテイリングが2025年4月に発表した渋谷パルコの2024年度の年間取扱高は、439億円。前年比22.5%増と大きな成長を果たし、大抵のアパレル会社を超えるような売上を一棟の建物だけで稼ぎ出しています。この額は実は、DCブランドブームに沸いた1980年代や、「渋谷系」ムーブメントの発信地だった1990年代をすでに大きく超えて、過去最高額を更新しているのです。
ただ、渋谷パルコの真の魅力は売上ではありません。「〈エルメス〉から〈スナイデル〉まで」と一部には評されますが、渋谷パルコにはラグジュアリからポップカルチャー、香水からラーメンまで、多様なショップが軒を連ねます。エスカレーターを上がるとまるで違う世界が現れ、さまざまなカルチャーが付かず離れずで交じり合う。まるで渋谷の街そのもののようなショップ構成は、おそらく世界中のどこにもない、かなりユニークなショッピングビルです。
〈エルメス〉や〈ルイ・ヴィトン〉に代表される、ヨーロッパのラグジュアリブランドは、出店するロケーションを誰よりも選り好みすることで知られています。人が集まる場所なら、どこにでも出店するようなことはありません。同じラグジュアリブランドの仲間がいる場所以外には滅多に出ていくことはないという習性を持ち、それ故に大都市の百貨店や表参道、銀座といった限られた高級ショッピングエリアにのみ限定的に店を構えるのです。
だからこそ〈グッチ〉や〈ロエベ〉といったラグジュアリブランドが、〈ポケモン〉や〈ニンテンドー〉といった日本を代表するゲームのコンテンツと同じビルに店舗を構えている渋谷パルコを訪ねる人は、その振り幅の広さに興奮し、感銘を受けます。特にファッション業界の常識を知る人にとっては、想像を超えるような光景に映るのでしょう。
先日渋谷パルコを視察に訪れた、ロンドンを代表する老舗百貨店〈ハロッズ〉の社長御一行は、「これは未来の百貨店だ!」と渋谷パルコを激賞し、帰国後も会う人会う人に「渋谷パルコには絶対に行け!」と言い続けていると聞きました。渋谷パルコのユニークさに喜ぶ外国人はもちろん〈ハロッズ〉の社長だけではなく、渋谷パルコのインバウンド取扱高比率は41.2%を記録し、前期比57.4%増と大きく伸長を続けています(25年2月期実績)。
ところで、渋谷パルコのような商業施設には、さまざまな店舗やサービスを誘致し、その施設の売上や集客や魅力、ひいては賃料を高め、施設の収益性を高める「リーシング」と呼ばれる一連の業務があります。このリーシング業務こそが商業施設の競争力や差別化の源泉であり、業績を左右するとても重要なものです。
本来相容れないはずのラグジュアリブランドとゲームやアニメのテナントを、渋谷パルコが一箇所に集めることができたのは、リーシング業務を担う担当者たちのパッションや技術、こだわりの賜物でした。渋谷パルコが奇跡の返り咲きを果たした背景には、一般にはあまり知られていない「リーシング」があったのです。
■「スタバが入ればうまくいく」では失敗する
いったいどうすれば魅力的な商業施設やファッションビルをつくることができるのか? 最も大切なのは、テナントのラインナップなどの最終的なアウトプットではなく、その前段階にある「基層」、つまりその場所の特性やお客さんのニーズ、地域の文化や歴史といった背景をしっかりと見極めることです。
こうした背景を確実に踏まえたうえで丁寧に積み上げないと、意味のある施設にはなりません。「基層を見ること」なしにリーシングはできません。「この街のこの場所では、こういうものが求められているのではないか?」というインサイトが、最初の出発点であるべきです。
しかし実際には「とりあえず人が知ってるブランドを入れればなんとかなる」というリーシングがなされている商業施設は世に溢れており、残念ながらその多くは失敗してしまっています。〈スタバ〉が入ればうまくいく、〈ユナイテッドアローズ〉が入ればうまくいく、と考えるのはリーシング経験者でもやってしまいがちな、安易なアプローチです。しかし現実には、そんな魔法のような解決策なんてありません。
有名ブランドの力に頼っても、ビルに人が来たくなる根本の理由にはならず、本質的な解決にはなりません。むしろ「有名ブランドを入れておけばなんとかなるだろう」という発想で動くと、施設全体が眠くなってしまいます。
逆の角度から見てみましょう。商業施設においてリーシングが失敗してしまうケースには、この「人が知ってるブランドを入れればなんとかなる」と考えるパターンのほかにも、いくつかの典型例があります。
一番多いのは「リーシング担当者の視点が内向きになってしまっている」パターン。担当者が「自分はここが困ってるから、こうする」といった、「私が困っている」ことベースでリーシングを進めてしまうケースです。担当者が自分の思い込みや都合に気を取られ、お客さまや地域が求めていることを正しく把握できていない状態です。気持ちはわかりますが、どれだけ自分がやりたくても、お客さまがそれを求めていなければ機能しません。多くの場合、労力ばかりかかって成果にはつながりません。ですので、やはり「まずよく見る」ことがリーシングのスタートです。見るときには、視線を外に向けないといけません。
「ベンチマークを間違える」パターンもよく見ます。たとえば、「渋谷パルコみたいな施設をつくりたい」と言われることも多いのですが、渋谷パルコは渋谷という立地と客層、歴史や求められているものがあってたまたま形になった、個別で特殊なアウトプットです。だから「形」だけを真似しようとしてもまったく意味がない。むしろ、そこを真似すれば、失敗するでしょう。ベンチマークを設定する場合は、自分たちとよく似た条件の施設を冷静に選ぶことが必要です。
また、業務委託でリーシング業務を請け負う会社はいくつもあります。こうした会社のサービスが活用されることも多いですが、外部委託に頼りすぎることにもリスクがあります。もちろん、外部のプロフェッショナルにお願いすること自体は有効な場合も多い。しかし、核となるコンセプトが固まっていない段階から外部に丸投げしてしまうと、結局は方向性がブレブレになり、プロジェクトが迷走します。
すでに施設のコンセプトもブランド構成も立地条件もしっかりしている場合、たとえば御殿場プレミアム・アウトレットのような施設であれば、外部委託は効果的に機能すると思います。でも方向性も定まっていないような段階で外に任せてしまうと、ほぼすべてのケースで、誰が喜ぶ施設なのかよくわからない、中途半端なものになってしまいます。
これらはいずれのケースも「基層」でなく、「表層」を整えることでなんとかしようとして失敗するパターンです。確かに「基層」を正しくつかむことは、簡単にいかない場合も多いのですが、「基層」を見ずに効果的なリーシングができることはないでしょう。
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以上、平松有吾氏の近刊『渋谷パルコの復活 なぜ危機から再生できたのか?』(光文社新書)をもとに再構成しました。パルコ復活の立役者が、商業施設の未来、コンセプトメイキングの秘訣、ブランド誘致(リーシング)の苦労まで、舞台裏をすべて語ります。
●『渋谷パルコの復活』詳細はこちら
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