救出された作業員(提供:Hugo Infante/Chilean government/AP/アフロ)
宇宙での滞在が長期化することで注目されるようになった問題がある。それが、宇宙という隔離閉鎖環境が人間の精神・心理に与える影響だ。
国際宇宙ステーションは、大きさとしてはサッカーグラウンドほどあるが、人が居住できる空間はごく一部である。そのなかで6名ほどの宇宙飛行士たちが約6ヶ月にわたり共同生活をする。国際宇宙ステーションは外界から隔離され閉鎖された空間だ。そうした隔離閉鎖環境が、宇宙飛行士の精神や心理に影響を与えることがわかってきた。
性別も育った文化も異なるクルーたちが約半年ものあいだ、そうした隔離閉鎖環境で四六時中顔を見合わせながら寝起きをともにし、過酷なミッションに取り組む。その結果、不和や軋轢、性的ハラスメントといったさまざまな対人関係上の問題や、さらにはうつや適応障害といった疾患に繋がる症状が報告されている。
宇宙飛行士の精神心理的支援に関わる宇宙医学・心理学の業務のうち、ミッション中の精神心理支援について見ておこう。JAXAのフライトサージャンを務めていた立花正一によれば、宇宙飛行士たちが宇宙でのミッション中に晒されるストレス要因には、
(1)物理的な隔離閉鎖性
(2)異文化ストレス
(3)仕事上の負担
(4)身の危険に対する不安
(5)生活リズムの困難
(6)ストレス発散手段の乏しさ
(7)チーム内外の人間関係
(8)家族や友人からの分離
(9)連絡通信手段の制限
などがある(『宇宙飛行士はどんな夢を見るか?』)。
宇宙という隔離閉鎖環境で長期間過ごす宇宙飛行士たちは、各国の厳しい選抜をくぐり抜け、その後さらに厳しいトレーニングを積んでアサインされている。まさに、さまざまな逆境やストレス環境に強い者たちだ。
しかし、そんな宇宙飛行士たちでさえ、こうしたストレスによってパフォーマンスが低下したり、社会的・倫理的に好ましくない言動をしたり、さらには、うつや適応障害といった疾患に繋がる症状が認められたりすることがある。
よく知られたものの一つに、「第3四半期現象」がある。これは、長期間のストレスにさらされることで、ミッションの後半に入ったあたりから、意欲低下や抑うつ気分を発する現象である。
また、仲間の一人の宇宙飛行士に対して、みなで無視したり顔を合わせなかったりするといった「いじめ」が起きた事例も報告されている。ほかには、宇宙飛行士たちと地上の支援スタッフとのあいだで対立が起きた事例や、宇宙飛行士のあいだでのセクシャルハラスメントが報告されたこともある。
地球近傍の低軌道ばかりで活動する時代から月や火星を探査する時代になれば、こうしたストレスは大きくなるだろう。滞在は長期化し、通信も途絶えやすくなる。そして、不測の事態に直面しても地球からの支援が得にくくなる。
したがって、精神心理支援の技術確立は欠かせない。そのためには、隔離閉鎖環境が与える精神心理的影響のメカニズムのさらなる解明、対処方法の開発、そうした環境への抵抗力を示す性格特性の特定などの研究が必要となる。
■隔離閉鎖された人々への2つの支援事例
宇宙の隔離閉鎖環境に置かれた宇宙飛行士たちに行ってきた精神心理支援の知見が、これまでに2度、地上で隔離閉鎖された人々の支援に活かされたことがある。
一度目は、2009年にメキシコに端を発した新型インフルエンザ(インフルエンザ A/H1N1)の際のことだ。同年5月8日、米国より到着したNWA25便において、簡易検査およびその後の詳細な検査、そしてポリメラーゼ連鎖反応(polymerase chain reaction: PCR)法により乗客のうち3名が新型インフルエンザに感染していることが確定した。
感染症法と検疫法に基づき、これらの感染者と濃厚な接触が疑われた乗員・乗客48名に対して、5月9日より成田市内の停留施設内で経過観察と医学検査を行うための停留措置が実施された。この措置は、感染症法が1999年に施行されて以来、初めてのケースとなった。
その際、国際宇宙ステーションに長期滞在する日本人宇宙飛行士の精神医学的支援を行っていたJAXAの宇宙医学・心理学のチームに、厚生労働省から支援要請がなされた。ISSという隔離閉鎖環境にある飛行士の精神心理支援の経験から、停留措置を受けた対象者のメンタルヘルスに関して支援することが期待されてのことであった。
チームは、宇宙飛行士に用いる質問紙票などを改訂して、被停留者とのインタビューを行い、対象者のストレス状態を把握するなどして支援にあたった。そして、対象者のなかに心身の不調をきたす人が現れていたことを明らかにした。
また、宇宙飛行士のような「物理的な閉鎖」ばかりでなく、正しい情報の欠乏および誤情報の錯綜という「精神的な閉鎖」、そしてマスコミからの誹謗中傷やネットなどを通じた匿名の誹謗中傷による「精神的な孤立感」も重要なストレス要因としてみられたことを確認した。
ISSに滞在するための訓練を受けてチームとして任務にあたる宇宙飛行士の場合とは異なり、対象者らは各自が個室に隔離され、孤立した個人として問題に向き合うことになっていた。このことが一層孤独感を強めていたこともわかり、隔離閉鎖環境では、集団としてのまとまりやチームワークの形成が重要であることが再確認された。
2度目は、2010年8月5日、チリ共和国アタカマ州コピアポ近郊のサンホセ鉱山の坑道にて発生した崩落事故(コピアポ鉱山落盤事故)である。33名の男性鉱山作業員が地下700メートルに閉じ込められたが、最終的には、事故から69日後に全員が救出された。
救出に際して、チリ政府がアメリカ政府に支援を要請した。アメリカ政府がそれをNASAに伝えて、NASAは8月末に宇宙飛行士健康管理チームのスタッフ4名(医師2名、心理学者1名、エンジニア1名)を派遣した。
彼らは、鉱山作業員たちの苦境と宇宙での生活のあいだにある類似点を見定めながら、3日にわたり救助活動への助言・指導を行った。
たとえば、奥さんが無事出産したなどの地上での良い出来事は、鉱山作業員たちを元気づけると思われがちだが、無事帰れなかったらどうしようという不安を強めることがあることがわかっていた。したがって、そうした元気づける情報の与え方には注意が配られた。
また、メリハリのある時間を過ごすことでストレスは抑制され諍いも減ることから、幾つかの小グループに分けて、それぞれに課題を出すことで時間を過ごさせるなどの工夫もされた。
このように、支援内容は隔離閉鎖環境下に置かれた人々の精神心理や行動を安定させるためのチーム作りや、コミュニケーション方法といった精神医学・行動科学上の助言から、さらには届けるべき物資の内容や届け方など、生理学および工学上の助言まで多岐にわたった。
のちに、このチームのリーダーであり、NASAの副主任医官であったマイケル・ダンカン医師は「我々が宇宙で学んだ知識をここ『地球』の人々を助けるために応用することができた」と述べている。
このように、まだ実績は2つと少ないものの、宇宙隔離閉鎖環境で被る精神心理的ストレスへの対処方法に関する知見を積み上げてきた宇宙医学・心理学の知見は、地上の隔離閉鎖環境で苦しんでいる人々を支援するのに用いられ、役立っている。
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以上、立花幸司氏の新刊『宇宙開発の哲学 科学ではわからない最後の問い』(光文社新書)をもとに再構成しました。「宇宙倫理学」の研究者が、これからの宇宙開発のあるべき姿を考えます。
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