
刑事ドラマの定番「あんパンと牛乳」を手に、張り込み風ショットに応じる“リーゼント刑事”こと秋山博康氏(写真・木村哲夫)
不可解な事件が起こるたびに頼りになるのが、多彩な捜査経験を持つ警察OBの解説者・コメンテーター陣だ。元徳島県警の“リーゼント刑事”こと秋山博康氏に「生涯忘れられない事件(ヤマ)」を聞いた――。
秋山氏が警察官を志した原体験は、少年時代にさかのぼる。
「10歳で家に泥棒が入ったんですよ。そのとき『おっちゃんが必ず逮捕してあげるから、安心しなさい』と刑事さんが肩をポンと叩いてくれたことで、自分も将来は絶対に刑事になると決意したんです。強くならなあかんと、翌日から勉強もせずに毎日空手ばっかりやってました(笑)。リーゼントにしたのは14歳のとき。ラジオから流れてきた『ファンキー・モンキー・ベイビー』に鳥肌が立ってね。矢沢永吉さんへの憧れです」
23歳で念願の刑事になると、ここからは本人いわく「刑事バカ一代」。42年間警察官を続け、捜査一課から四課までひととおり担当したという。
「日本一の刑事になろうと決めて懸命に取り組みました。徳島県警は2002年、2009年に重要事件の検挙率が全国1位になったんですよ」
■「天罰で“死刑”になったんですよ」
多くの事件を担当してきたなか、忘れられないのは2001年に徳島県徳島市で起きた父子殺害事件。「おい、小池!」のポスターで有名だ。
「ご遺体の表情を見たときに『絶対に犯人を捕まえます』と誓いました。殺害された親子に金を無心していた小池が捜査線上に浮かんで、24時間張り込みをしとった。でも、ある新聞記者が取った行動で小池が勘づき、車であっという間に逃げられてしまった」
それから秋山氏は「おい、小池!」のポスターを手にテレビ番組などに出演して情報を集め、小池を追い続けた。だが11年後、小池の死で事件は終わりを迎える。
「これはワシの失敗で、辞表を書こうと決めとった。遺族の方とも定期的に連絡を取っていたので、すぐに電話したんです。すると『秋山さん、ありがとうございました。(小池は)天罰で“死刑”になったんですよ』と言われて。この言葉に救われ、涙が出ました」
その後も人の何倍も働いたという秋山氏。定年後こそのんびりと過ごすつもりだった。
だが、リタイアを間近に控えたある日、現役時に「リーゼント刑事」と命名してくれたテレビ番組のディレクターから「第二の人生は全国を視野に入れて、今までの経験を生かして犯罪のない社会を目指したらどうですか?」と声をかけられる。
「ワシもアホやからブワッと鳥肌が立って、やっちゃろうやないかって(笑)。愛する徳島県警を定年退職したその夜に、片道切符で家も決めずに上京したんです。それからは各メディアからお声がかかり、出演させてもらってます」
そんな秋山氏が大事にしていることは「現場に出ること」。今年3月に発生した京都小学生殺害事件では、現場に5回も足を運んだ。
「自分が指揮官をやってきたから、現場を見ただけで捜査方針がピンとくる。警察官を『ご苦労さま』と労うと、向こうも『リーゼント刑事さん!』と喜んでくれる。これからも声をかけてあげたいね」
写真・木村哲夫
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