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日馬富士の髷を結い続けた床山に密着「横綱の髪結いは…」

ライフ・マネー 投稿日:2018.11.10 16:00FLASH編集部

日馬富士の髷を結い続けた床山に密着「横綱の髪結いは…」

 

 あいにくの雨だったが、夏巡業の一つ、大相撲所沢場所は大盛況だった。会場の一角に人混みがある。まだ出番ではない力士が記念撮影に応じているのだ。

 

 観客との間にはロープが張られていたが、そこにファンが押しかけ、順番待ちの列を成している。大銀杏を結った力士たちには迫力があり、どこか気品すらある。

 

 

 僕はその横をすいとすり抜け、角を曲がる。そこに支度部屋、つまり力士の控室がある。ビニールシートの上に思い思いにゴザを敷き、荷物を並べてみなリラックスしている。

 

 当たり前だが、力士は普通の人間でもある。そんな彼らを「お相撲さん」に変える魔法の一つは、髷(まげ)結いではないだろうか。

 

 目の前には二人の力士が座り、それぞれの背後に床山が立った。

 

「じゃあ、これから大銀杏をやりますね」

 

「一等床山」の一人、床仁さんはそう言って僕を見て微笑むと、作業を始めた。そして終わるまで、一切こちらに目もくれず口もきかなかった。

 

 ずっと床仁さんの作業を見守ってきた。始まってから十分と少しが過ぎたが、何というか、あまり様子に変化は見られない。力士は相変わらずリラックスしている。

 

 淡々と続く床仁さんの手さばきは見事だが、素人から見ればどこの床屋でも見られる光景に過ぎず、魔法というほどのものでもなかった。と、油断していた時、それは起きた。

 

 結ばれた部分を折り曲げ、先を銀杏の葉の形にして、元結いが結われる。そして髷棒でさっさっと、髪の左右を広げて形を作った。

 

「はい、終わりです」

 

 ものの数十秒ほどだった。相変わらず雑談は続いていて、穏やかなムードが漂ってはいたが。男は相撲取り、大栄翔になっていた。

 

「本当はお相撲さんになりたかったんですよ」

 

 終わった後、廊下でインタビューをする。床仁さんはひょろりと痩せているが、その指は太くたくましかった。

 

「昔から相撲を見るのも、相撲を取るのも好きだったもので。ただ、体が小さくて断念しまして。お相撲さんの一番近くにいられるのは床山、ということで。

 

 我々は美容師免許なんか持ってないですからね、本当に何も知らないところから始めるんですよ。部屋に入って最初は朝の掃除、親方のお茶くみから。

 

 そして先輩の見よう見まねで髪を触らせてもらうんです。初めて触る時は、それは緊張しますよ。

 

 段階を踏んでまずは髪を揉むところだけ、次は油付けまでとか、やらせてもらって。あとは練習ですね。夜にラーメンおごるからと、頭を貸して貰うんですよ。

 

 一年くらいで何とか形だけ、ほんとに形だけですけど、結えるようになったかな」

 

 だいだい10年ほどで一人前になるという。床仁さんは現在36年目だが「まだまだ全然できていない」という感覚があるそうだ。

 

「やっぱりね、勝ってほしいですね。頑張ってもらいたいですよ、髪を結ったお相撲さんには」

 

 床仁さんはしみじみとそう言った。

 

「後はまあ、髪が崩れないかどうかずっと気にしていますね。出て行く寸前まで四股を踏む方とかいるんですよ。形が壊れないか常に見ています。床山はみんなそうです。

 

 そうして、崩れたらすぐに直しに行く。今はテレビの画像が綺麗ですから、毛の一本一本までよくわかる。誤魔化しがききませんよね」

 

 戦うのは力士である。床山は近くにいることしかできない。

 

「いろんなお相撲さんがいますね。中には何度もやっているうちに気が合う人も。この床山じゃなきゃイヤ、という方もいるので」

 

「結いながら、いろいろと相談に乗ったりもするんでしょうか?」

 

「話すことはあります。でもどちらかというと、黙っていても阿吽の呼吸で通じ合うという感じでしょうか」

 

 ケガから復帰したばかりの力士などは、髪や首回りを触っていて変化を感じるそうだ。年とともに髪が細くなっていく力士や、量が減っていく力士もいる。彼らの人生に、床仁さんは静かに関わってきた。

 

「せめてね、綺麗に作りたいですからね。顔の形によって、たとえば顔が大きいのを気にしている方であれば、それを隠すような形にします。その人がイヤな特徴を隠して、好きな特徴をもっとよく見えるようにする」 

 

 それは心に寄り添うのと同じである。

 

「優勝したお相撲さんがね、『床仁さんのおかげですよ』なんて言ってくれたことがありました。気を使ってくれたのかな、でも嬉しかったですね」

 

 その力士とは、日馬富士。入門時からの付き合いだった。

 

「横綱の髪結いは、やっぱり特別です。初めて髪に触れた時はとにかく緊張しました。誰もが見るわけですからね。失敗できない。横綱は特別なんです」

 

 床仁さんは、彼の引退については多くを語らなかった。ただ道具箱に淡々と櫛や髷棒を戻すと、ぱちんと蓋をした。

 

 大栄翔関が教えてくれた。

 

「僕らは髪を下ろす時というのがほとんどありません。風呂のときくらいです。寝るときも丁髷です。だから髪が伸びた時だけ行く床屋とは、だいぶ感覚は違いますね。

 

 大銀杏の場合は、仕事の前のセットという感じですので。芸能人のヘアメイクのようなものかな。やはり気合いは入ります」

 

「ずっと髪をあげっぱなしと言うのは、しんどくないですか?」

 

「たまに坊主にしたいなって思います」

 

 大栄翔関は冗談っぽく笑った。

 

「毎日髪はすすいで、四、五日に一回は油を落としてがっつり洗うんですが、夏場は蒸れるし痒くなったりもするので。洗うと髪がめっちゃ抜けるので、頭皮に悪いのかも。でも、慣れますよ」

 

「初めて結った時は、やっぱり変な感じでしたか?」

 

「最初に丁髷(ちょんまげ)にしたときは、痛かったです! もう、涙が出るくらい。引っ張られる感じがして。でも、それも慣れましたね。三年くらいは痛かったかな」

 

 そんな大栄翔関のお気に入りの床山は、床仁さんだという。

 

「床山によって、こだわるポイントや髪の広げ方とか、仕事のやり方は全然違います。床仁さんは仕事がうまいのはもちろんですが、やっぱり人柄ですね」

 

「安心して任せられる、ということでしょうか?」

 

 はい、と頷く。普段からの関わりやこれまでに過ごしてきた時間で、互いに通じ合っているのだ。

 

「そういえば、初めて大銀杏を結ってもらった時にですね」

 

 大栄翔関の大銀杏を僕は、ぼうっと見つめる。

 

「頭が、ふっと軽くなったんですよ。不思議な感覚なんですけど、僕は、ふわって」

 

 髪の重さは変わらないはずである。いや、むしろ油の分だけ重くなってもいい。それが軽く感じたというのは、関取に勝ち上がった嬉しさによるものか、それとも床山の技術によるものか。

 

 頂点に上り詰めて去っていく力士もいれば、新たに頂点を目指す力士もいる。支度部屋を出て廊下を歩いて行く大栄翔関の大銀杏を、床仁さんは静かに見つめていた。

 


床仁(とこじん)本名・熊西一郎
1966年生まれ 東京都葛飾区出身。一等床山。中川部屋所属

 

●取材・文/二宮敦人(にのみやあつと)
1985年生まれ 小説作品に『最後の医者は雨上がりの空に君を願う』。初のノンフィクション作品『最後の秘境 東京藝大 天才たちのカオスな日常』が12万部を超えるベストセラーに

 

(週刊FLASH 2018年9月25日号)

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