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藤井聡太の師・杉本八段が語る「天才部下とはこう付き合え」

ライフ・マネーFLASH編集部
記事投稿日:2019.05.18 20:00 最終更新日:2019.05.18 20:00

藤井聡太の師・杉本八段が語る「天才部下とはこう付き合え」

 

 日本でもっとも有名な天才・藤井聡太七段を弟子に持つ杉本昌隆八段。いかにして弟子の才能を潰さないように育成してきたのか。自分を「会社員の上司」に置き換えて、これまでの経験を語ってもらうと、目からウロコの「金言」が溢れ出した。


●金言1「才能を羨ましいと思えるのは、向上心がある証拠」

 

「才能に年齢は関係ありません。弟子や部下であっても、優れた能力を感じたなら、素直に羨ましいと思えたほうがいい。その気持ちは、自分に活力を与えてくれる。技術の向上において、メンタルはとても大きな要素です」

 

 杉本は2018年度、将棋の順位戦において、50歳での昇級を果たした。伸び盛りの20代がひしめくなか、ベテランが勝ち抜くことは容易ではない。

 

「弟子の藤井聡太七段の才能を、初めて羨ましいと思ったのは、彼が小学2年生の終わりごろでした。対局後の感想戦で、誰もが気づかない手をサラッと指摘したときです。どうしたらこんな手が浮かぶのだろうと感動しました。そのとき私は42歳でした。

 

 妬むとか悔しいという感情ではなかった。こんな観る人を感動させるような将棋を、自分も指したい。私自身、もっと強くなりたい。これは引退していたら、違った感情だったと思います。育成の立場なら、自分が強くなりたいとは思わない」

 

 2018年3月8日、杉本と藤井の最初の師弟対決がおこなわれた。結果は藤井六段(当時)が勝利。将棋界では弟子が師匠に勝つことを「恩返し」という。

 

 杉本は、弟子がいちばん失望するのは、師が技術の向上を諦めてしまった姿を見せることだという。

 

「私は仲間の棋士に、藤井七段の指摘した手を自慢しました。会社でも部下がすごいプランを出したら、上司はほかの課に行って自慢すればいいんですよ。いないところで評価してもらえたのが伝われば、部下はやる気を出しますからね。

 

 そういう優秀な部下が現われたということは、上司にも会社にも、誇りじゃないですか」

 

 向上心があれば、年齢に関係なく互いに高め合う関係を築くことができる。


●金言2「仕事が本当に好きなら、部下を潰すことはない」

 

「将棋界の師弟関係は、会社の上司と部下の関係に近いものがあります。タテ社会の構造であり、競争社会ですから、ライバルの成功を素直に喜べない気持ちはある。

 

 でも棋士はびっくりするほど、みんな純粋なんです。好きな将棋で足を引っ張ることは、恥ずかしいと感じる。それは愛する将棋への冒涜です」

 

 棋士は勝負へのこだわりが非常に強い。誰よりも自分が強いと思わなければ生き残れない世界である。

 

 一方で、将棋を普及することにおいては、すべての棋士が団結し、イベントや指導対局をおこなう。現在の将棋ブームは藤井聡太七段だけでなく、棋士全員の熱意によるものである。

 

「会社に入社したときに、その仕事が嫌いな人は少ないと思うんです。仕事に情熱を燃やしている人なら、年齢や立場に関係なく、相手の優秀さを尊重するはずです。仕事への愛情は人を育てる気持ちにつながると思います。

 

 逆に心配なのは、成長させようとして、距離の取り方を間違えてしまう場合かな。自分の知っているノウハウを教え込もうとして、足を引っ張ってしまうことがある。教えすぎるくらいなら、遠くから見守るほうがいい。将棋界でも、放任主義が育成に功を奏する場合は多々あります。

 

 私は、師弟とは同志だと思っています。志を同じくする者。会社員の場合もそうではないのでしょうか」

 

小学6年当時の藤井七段を見守る杉本

 

●金言3「天才が才能を発揮しているとき、協調性は必要ない」

 

「『協調性があるか、ないか』というのは主観的なもので、見る人によって感じ方が違う。才能がある人が、その部分で人目を気にするのはもったいない。会社組織の場合、ワンマンプレーがどこまで許されるか。

 

 それが人の足を引っ張るなら、組織としてはマイナスですが、初めから協調性を求めてしまうと、部下は縮こまってしまうものです。『最初に組織の一員たれ』というのは、個々の能力が発揮しにくくなる。

 

 まずは、その人のパフォーマンスを見ることのほうが先だと思います。ちなみに藤井七段は、協調性はないほうだと思いますよ(笑)」

 

 杉本は、藤井を育てるうえで、ひとつだけ心配なことがあった。藤井が将棋よりも、ほかの分野に興味を引かれることだ。

 

「才能がある人が、その業界を去ってしまうのは大きな損失です。藤井七段の前にも有望な弟子がいましたが、別の世界に興味を感じていきました。いまは東京大学で、人工知能の研究をしています。

 

 新しいことを知って、それに夢中になるのは仕方がない。ただ、やる気を削ぐのは避けたい。いまの仕事に魅力を感じさせ続けることこそ、師匠、つまりは上司の役割だと思います」

 


●金言4「気遣いこそ、年長者の役割」

 

 杉本昌隆将棋研究室は2015年から、毎週金曜日の夕方4時半から開かれている。教室の会場は、杉本の実家の3階を使用している。生徒は、現在18人の小学生が在籍しており、研究会などをセッティングするのも、師匠の役目だ。

 

「藤井七段のような有望な弟子でも、本人は、自分を特別な存在だと思っていないことが多いです。それが、彼には当たり前の基準なので。だから特別扱いしないほうがいい。

 

 兄弟子には、『メディアやファンは藤井にばかり注目するけど、君は君で頑張ればいい』と声をかけています。藤井の人柄もありますが、弟子たちの間で彼が妬まれることはなかったと思います」

 

 研究会で、藤井の兄弟子が昼ご飯を買い出しに行くときには、杉本が付き添うようにしてきた。

 

「年齢では藤井がいちばん若いですが、段位が優先される世界ですから。兄弟子にひとりで行かせると、やはり心中は複雑でしょう。師匠が付き添えば、少しは気持ちをケアしてあげられるかと。

 

 プレーに集中してほしい人がいるなら、細かいところでの配慮は、気遣える立場の人がすればいいと思います」

 


●金言5「第一人者ほど、敵をつくらない」

 

「藤井七段がプロになって注目され始めたころに、『君の発言は重いから気をつけなさい』と伝えました。誤解で敵をつくるのは、もったいないですから。ちょっとした気遣いで、それを防げることを教えるのは、年長者の役割かと思います。

 

 勝負の世界では、敵をつくらないに越したことはない。お互いにわかり合えていれば別ですが、必要以上に攻撃的なことを言って、相手を刺激するのはマイナス。

 

 憎悪の感情を向けられると、はね返すことに大きなエネルギーを使う。勝ち続けるには、自分の環境を整える必要があります」

 

 将棋界でも羽生善治九段、谷川浩司九段などの「第一人者は敵をつくらない」といわれる所以である。

 


すぎもとまさたか
1968年11月13日愛知県生まれ、50歳。故・板谷進門下。1990年、21歳で四段昇段。2012年に藤井聡太現七段が門下に。2019年2月22日、八段に昇段。3月には混戦を制し、C級1組からB級2組への昇級を決めた

 

(増刊FLASH DIAMOND 2019年5月30日号)

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