3Dフードプリンタに注目が集まるきっかけになったのは、2013年、NASAが、3Dフードプリンタを開発する企業に多額の助成金を提供したことでした。
その事業内容は、3Dプリント技術とインクジェット技術を使い、インクジェットカートリッジに乾燥したタンパク質や脂肪などの主要栄養素や香料などをセットして、ピザなど、さまざまな形や食感の食べものを出力するというものです。
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NASAが着目したのは、食を3Dで「プリントアウト」する技術が、宇宙に長期滞在する飛行士向けに役立つのではないかという点です。
食事は、単なる栄養摂取だけではなく、味わうことで精神的な満足が得られ、人々のパフォーマンスの維持・向上につながる側面があります。このことに、テクスチャーは重要な働きをしています。
3Dフードプリンタの大きな特徴は、食を立体的に作れることであり、それは多種多様なテクスチャーの食品を生み出せる可能性があるということです。
また、3Dプリンタは、複雑な立体構造を容易に作ることができることに加えて、「誰でもどこでも作ることができる」というメリットも有しています。
つまり、宇宙空間という限られた場所、宇宙飛行士という限られた人、限られた食材という「とことん限られた状況」であっても、3Dフードプリンタであれば食事を作れるということです。
このような状況は、宇宙に限らず、地球上の被災地や貧困地などにも当てはまります。
将来的に、緊急事態に対応する3Dフードプリンタを持ち込んで、食事を作るといった利用法も考えられます。「現場で最も必要なものを、最も適切なタイミングで供給する」という3Dプリンタの特性が、食の分野においても、社会を大きく変える可能性があります。
■『スタートレック』に登場する万能調理器
遺伝子解析の発達によって、疾病予防や健康増進も個人の体質や遺伝子型に合わせる時代がやってきています。各種の栄養素を増強したり、新たな保健的機能を追加したさまざまな「個別化食」が検討されています。
3Dフードプリンタに、個々人の年齢、性別、遺伝情報、病気の有無、運動の有無、その日の体調などの「個人データ」と、自分が食べたいもの(ラーメン、寿司など)と好み(風味や食感など)の「3Dフードデータ」を入力するだけで、栄養面や嗜好面が完璧に反映された「個別化食」が生み出される、そんな未来食が考えられます。
3Dフードプリンタは「万能調理器」として、今後活発な開発が行われ、電子レンジや冷蔵庫のように一家に一台おかれるようになるかもしれません。
アメリカのSFテレビドラマ『スタートレック』シリーズに登場する装置に、「レプリケーター」という、まさに3Dフードプリンタのようなものがあります。
この装置の原理は、分子を材料として、実物とほとんど変わりのないコピーを作り出すというものです。
スタートレックに登場する各クルーの部屋には、フード・ディスペンサーとも呼ばれる食品用のレプリケーターが設置されています。船内には厨房は存在せず、自室の端末に音声でオーダーすれば、自動販売機のように食器付きでその場で合成され、食べ終わって食器を戻せば、自動的に分解されて原料に戻ります。
このレプリケーターのおかげで、スタートレックの世界では、食材の貯蔵や残飯処理などの問題は存在しません。料理を自分でわざわざ作るのは、高級な趣味となっており、料理するとしても食材はレプリケーターで作られます。
レプリケーターが食材として利用する原料は、外部からの補給の際に補充されますが、場合によっては排泄物も原材料として再利用することが可能です。
スタートレックの世界では、食料備蓄、調理、食品ロス、食品リサイクルといった問題をすべて、3Dフードプリンタというアイデアで解決しています。
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以上、石川伸一氏の新刊『「食べること」の進化史 培養肉・昆虫食・3Dフードプリンタ』(光文社新書)をもとに再構成しました。気鋭の分子調理学者が、アウストラロピテクスの誕生からSFが現実化する未来までを見据え、人間と食の密接なかかわりあいを描きだします。
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