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伝統のカリフォルニア・ワイン、日本人オーナーたちの挑戦
ライフ・マネーFLASH編集部
記事投稿日:2020.02.28 16:00 最終更新日:2020.02.28 16:00
カリフォルニアのワイナリー「サンセット・セラーズ」に新たな日本人オーナーが誕生した。ブドウ畑は、カプコン創業者が私財を投じて有名になった「ケンゾーエステート」から、山肌を少し下った斜面にある。
ケンゾーエステートが3800エーカーの広さで年間1万5000ケースを出荷するのに対し、サンセット・セラーズはわずか4エーカーで、出荷量は500ケースに満たない。小さな家族経営のワイナリーだ。
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ブドウはすべて手摘み。実の選り分けから発酵にいたる全工程を手作業でおこなう。取材時はラッキングと呼ばれる発酵後の澱を取り除く作業を、樽の中を覗き込みながら丁寧におこなっていた。
創業者のダグラス・スパークスさんは早稲田大学に留学歴のある親日家で、日本人女性と結婚後、シリコンバレーで技術コンサルタントをしながら、趣味でワインを自家醸造していた。
一念発起して自宅のガレージで創業したのが、1997年。自宅のあるサンフランシスコのサンセット地区にちなんで社名をつけた。トラディショナルなスタイルでこだわりのワインを作り続け、たくさんの受賞経験を持つ。
70歳を超えて引退を考え始めたところ、通いつめていたファンから「閉鎖するなら引き継がせてほしい」と願い出があった。短い人でも2年の弟子入り期間を経て、ようやく生まれた新オーナーは全部で4名。全員が平日はフルタイムの仕事を持ち、うち3名が日本人だ。
彼らは資産家でも有名経営者でもない普通の勤め人だ。それぞれが貯金を寄せ合い、ワイナリーを引き継いだ。
「私たちはベイエリアの物価の高さに震えながら過ごす普通の市民です。それでも、ワインには挑んでいきたい魅力がある」とオーナーの一人で、若手エンジニアの大島孝子さんが語る。
ここのワインの特徴は、強い果実味を引き出す味作りと熟成期間の長さだ。樽の熟成は場合によっては7年以上、さらに瓶に移し替え、リリースまで9年かかることも普通らしい。
香りの強い新品ではなく、あえて中古の樽を使う。同じ品種のブドウでも樽によって味に微妙な差が出るし、長期間入れると木の香りが強くなりすぎる。頃合いを見て瓶に移し替えるそうだ。
試飲カウンターに置かれていたワインのビンテージは、2006年から2014年のものだった。醸造室で、1年目のものから年代を追って樽から直接試飲させてもらった。
ブドウの種類にもよるが、年代を追うごとに香りが複雑になり、市場に出回るものの多くが2年以上前だという理由がわかった。
バルベーラというブドウから作るワインは、アメリカでもっとも古いワインコンテストで最優秀賞を取り続けている。2018年の得点は95ポイント(満点100ポイント)だった。
「全米で消費されるワインの9割はカリフォルニアで作られています。そこで優勝するということは、全米で1位といっても過言ではないと思います」と新オーナーで起業家の井上恭輔さんは語る。
創業からのこだわりで、ワイン作りにかけた膨大な手間やコストは価格に転嫁せず、常に手頃な価格設定を心がけている。販売店での小売りは一切せず、ワイナリー訪問かワイン倶楽部を経由しないと買えない。店頭販売されている他ブランドの同種のワインに比べ、半分から3分の1くらいに価格が抑えられているという。
そうした伝統のもとに若いオーナーが加わり、サンセット・セラーズの新しい販売戦略が始まった。
日本の友人たちにもワインを届けたいという願いから、「ツタ主(ぬし)制度」というアイデアが生まれた。ワイン倶楽部のように会費を払うと定期的にワインが届くほか、ブドウの木のオーナーにもなれる。
この試みは予想以上の大反響で、当初の100株は一晩で買い手がついた。現在もオーナーにはなれるが、生産数は徐々にしか増やせないので、順番を待つ必要がある。
樽から試飲させてもらったとき、衝撃的に美味しいと感じた種類があったが、そのワインがリリースされるのは来年末以降で、まだ2年近く待たなくてはならない。今のブドウがボトルに詰められるのは2020年代後半だ。なんとも気の長い話である。
カリフォルニア州には4600を超えるワイナリーがある。オークションだとか、有名人がワイナリーを始めたとか、ワイン業界には華々しい話題が絶えないが、そんななかで自分たちのスタイルを貫き、手に届く美味しさを守り続けている場所があることに感謝したい。
(取材・文/白戸京子)