新元号「令和」の典拠になった『万葉集』が、密かにブームになっている。じつはこの和歌集、古文の授業が苦手だったアナタも驚きの、性描写が満載だった!
「『万葉集』は、正直な気持ちを素朴に歌ったおおらかな和歌が多いといわれるが、それは現代人が勝手につけた価値基準でしかない。『万葉集』は、ようやく文字として記録されるようになった時代の、最初の書物です。
ですから、人間の持つ動物的な叫び、求愛がそのままのかたちとして残されていると考えていたほうが自然だと思います」(風俗史家・下川耿史氏)
そんな『万葉集』には、日本人のありのままの「性交観」が凝縮されている。
「『万葉集』には人妻の歌が14首もあります」と語るのは、古典エッセイストの大塚ひかり氏。中国には「人妻」という熟語はなく、現代の中国でも、日本からの輸入語として性的な意味で使われているという。
「飛鳥時代の末期に大宝律令が制定され、婚姻に関する観念が浸透しました。姦通、密通が禁じられ、人妻ブームが起こったと考えられます」(大塚氏)
また、「令和」のもとになった、『梅花歌三十二首』の序文を書いたのは、大宰府の長官だった大伴旅人。大宰府を離れて、帰京するときに、「児島」という遊女と恋歌を交わしている。そのとき旅人は66歳。当時から「死ぬまで性交」を体現していたのだ。
「この当時の遊女は、現代の風俗嬢とは違います。知性、教養があるタレントみたいなもので、一流の遊女ともなると、一般人には手が届かない存在でした」(大塚氏)
『万葉集』には遊女の歌も多く収録されている。作家の伊藤裕作氏は、それらの歌から女性の魅力を強く感じるという。
「詠み人知らずの歌のなかにも、遊女の作品は多いと思う。たとえば、《朝寝髪 我は梳(けづ)らじ愛しき 君が手枕 触れてしものを》。
朝の乱れ髪を私は櫛でといたりしない。愛しいあなたの手枕に触れたものだからという。遊女のラブレターみたいなものだと思いますが、技術的にすごく巧い」
伊藤氏は1988年、風俗嬢の気持ちを詠んだ歌集『シャボン玉伝説』を発表。映画化もされ、話題になった。
「僕の歌には、性行為しか描かれていないですが、万葉歌人の歌にはきちんと性も愛も詠み込まれている。だから、奥が深いんです。また、僕らは口語で歌を詠むけれど、奥深い性交、倒錯した性愛を詠むのには、文語がいいのかもしれない」(伊藤氏)
ハードルが高い印象もある『万葉集』だが、こうして読めば昔も今も「やることは同じ」なのだ。
次のページでは、当時の性愛のかたちが伝わってくる歌を、盛岡大学短期大学部助教の丸山ちはや氏に、選定・解説してもらった。