【不倫夫をチクリ】
《うちひさす 宮の我が背は 大和女の 膝まくごとに 我を忘らすな》(巻十四・3457 東歌)
(訳)宮仕えにでる私の夫よ、大和女の膝枕をするたびに、私のことを思い出してくださいね
「地方から都に単身赴任する夫に、『都会の愛人の膝枕をするときには、地方に残してきた私のことを思い出してほしい』という、切ない女心を詠んでいます。
簡単には都に行けず、連絡も取り合えなかったため、転勤先で愛人を作る男たちが多くいたのでしょう。それを容認する女心の辛さが出ていますね」(丸山氏、以下同)
【オフィスラブ】
《臥いまろび 恋ひは死ぬとも いちしろく 色には出でじ 朝顔が花》(巻十・2247 詠み人知らず)
(訳)転げまわって恋死ぬことがあろうとも、目立つほどの顔色には出すまい、朝顔の花のようには
「朝顔の花は、野に咲く花ですが、大きな洋花などなかった当時は、咲けば目立つ花でした。周囲に気づかれないように、密かにつき合っているオフィスラブ、または、不倫の恋の歌です」
【私って浮気性】
《思はじと 言ひてしものを はねず色の うつろひ易き 我が心かも》(巻四・657 大伴坂上郎女)
(訳)もう思うまいと言ってはみたが、はねず色のように、なんと変わりやすい私の心よ
「『はねず色』とは、黄色みのある淡紅色のことです。この染め物は色があせやすいことから、恋心の変わりやすさを喩えています。熱しやすく冷めやすい惚れっぽい女、または、二股をかけてどっちの男にも決めかねる女の気持ちを詠んでいます」
【熟女ごろし】
《百歳に 老い舌出でて よよむとも 我はいとはじ 恋は増すとも》(巻四・764 大伴家持)
(訳)舌が出て腰が曲がった100歳の老婆にあなたがなっても、俺はちっとも気にしないよ、恋しさがつのることはあってもね
「加齢により老いさらばえていくことを、『よよむ』といいます。この歌は、10数歳離れた年上の女性を口説く、年下の男の歌。熟女の心を鷲摑みにしてしまう、殺し文句ですね」
【なんだ夢か】
《愛しと 思ふ我妹を 夢に見て 起きて探るに なきがさぶしさ》(巻十二・2914 詠み人知らず)
(訳)愛しい彼女を夢に見て、目覚めて探してもいない、この寂しさよ
「夢の中で彼女と寝ていたのに、目が覚めたら、一緒に寝ていたはずの彼女は、布団の中をまさぐってもどこにもいなくて、残念がる男の歌です。万葉人にとって、夢の世界は、この世とは別にある、もうひとつの実在する世界だったのです」
【いい布団なのに……】
《蒸し衾 なごやが下に 臥せれども 妹とし寝ねば 肌し寒しも》(巻四・524 藤原麻呂)
(訳)ほかほかの柔らかい布団にくるまって寝ているが、あなたと寝ないので肌が冷たいよ
「『妹』とは万葉時代は恋人のことです。この歌は、寝具はいいものなのに、彼女と共寝ができないので、人肌が恋しいと嘆く、もてない男の歌です」
【情事の親バレ】
《等夜の野に 兎狙はり をさをさも 寝なへ児故に 母にころはえ》(巻十四・3529 東歌)
(訳)等夜の野(※地名)で兎を狙うように、そっと彼女に近寄ったのに、ろくにいち夜を共に過ごせず見つかって、彼女の母親に?られてしまったよ
「こっそり彼女といち夜を過ごそうと計画して、いざベッドインとなった矢先に、母親にばれてしまった男の歌です」
【命がけの横恋慕】
《あずの上に 駒を繋ぎて 危ほかど 人妻児ろを 息に我がする》(巻十四・3539 東歌)
(訳)断崖の上に馬をつないではらはらするように、人妻を命がけで私は思うよ
「みつかったら、かなりマズいことになってしまう危険を承知で、それでも人妻に恋慕する男の歌。人妻との不倫は常にスリリングです」
【夢中すぎ】
《悩ましけ 人妻かもよ 漕ぐ船の 忘れはせなな いや思ひ増すに》(巻十四・3557 東歌)
(訳)気をもませる人妻であるよ、漕ぎ行く船のように忘れ去りはできず、いよいよ思いが増していくよ
「悩ましい肢体をくねらせ、色気を放つ人妻に、翻弄される男の歌です。『川面を船が過ぎていくように、忘れ去ることなんて到底できない』と、もだえ苦しむ男の心情を詠んでいます」
【土になりたい】
《かくばかり 恋ひつつあらずは 朝に日に 妹が踏むらむ 土にあらましを》(巻十一・2639 詠み人知らず)
(訳)これほどに恋しつづけるくらいなら、朝も昼も、あの子が踏んでいる、土であるほうがましだよ
「『1日中、彼女に踏まれる土になりたい』とは、サディスティックな彼女を好きになった男の歌とも、また、マゾヒズムの倒錯性愛を感じさせる歌ともとれます」
イラスト・鈴木淳子
(週刊FLASH 2019年5月28日号)