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【アメリカの殺人鬼に会いに行く(5)】“大都市の殺人鬼”チェスター・ターナー
連載FLASH編集部
記事投稿日:2017.04.02 17:00 最終更新日:2017.04.02 17:00
アメリカ凶悪犯罪の専門家である阿部憲仁氏が、伝説の大量殺人犯に会いに行く!
【事件概要】チェスター・ターナー(Chester Turner、1966年11月5日~)
娼婦を中心に15名を絞殺後、体を露出する形で死体を放置。検察は「ロサンゼルスで最も凶悪な連続殺人犯の一人」としている。犯行はモーテルや酒屋が立ち並び、夜な夜な娼婦が立つロスの貧しい地域で起こっており、犯行当時コカインを吸っていたと自供している。2014年6月、ターナーは2回目の死刑判決を受けた。
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チェスター・ターナーは、カリフォルニアで唯一死刑執行のできるサンクエントゥン州立刑務所の死刑囚棟に収監されている。死刑囚棟は俗に「デスロウ(Death Row)」と呼ばれる。直訳すれば「死が予定されている囚人たちの列」ということになる。
サンクエントゥンへは、すでに何度も行っている。面会手続きもすぐに終え、私は敷地の床に描かれた黄色い実線に沿って歩いてゆく。面会者の種類によって、白線や青線、黄線と色の違うラインが引いてある。これだけでも、面会希望者がいかに多いかが窺える。当然のことながら、死刑囚の面会室まで導いてくれる黄線は最も長く、いちばん奥の建物に続いている。
古めかしいえんじ色の錆びた金属ドアの前に立つと、テレビカメラで確認した刑務官がボタンを押す。すると、そのドアが大きな音を鳴らしながら電動で開いた。なかは一坪ほどの受付スペースで、パスポートと面会書類、それに面会手続き棟で手首に捺された蛍光ゴム印をガラス越しに見せる。横の扉が開き、これでようやく建物内へ入れる。
内部には、3畳ほどの鉄格子で囲まれた檻が全部で8個並んでいる。チェスターがやってきた。
——ハイ! 調子はどう?
「まあボチボチだね」
——いつもどおりチーズバーガー2つとコーラでいい?
「ああ、頼むよ」
私が自販機で食べ物を購入し、温めて渡すと、チェスターは「ありがとう。普段は人工肉しか食べられないから、久しぶりの肉だよ」と笑顔で礼を言った。
チェスターの右頬には大きな傷がある。彼はロサンゼルスの黒人ギャンググループ「クリップス」のメンバーとして、路上でコカインを売りさばいていたのだが、ある日、3人のヤク中に襲われ、顔を大きく切られたという。その跡が残っているのだ。
チェスターがいたサウスセントラルの治安の悪さは有名だ。かつて私にこんな手紙を送ってきたほどだ。
「サウスセントラルには違法移民を詰め込んでおくドロップハウスやいかがわしいモーテルがたくさんあって、ドラッグでハイになってる奴とかギャングとか立ちんぼとかそんな奴ばっかりだよ。
フッドデイ(Hood Day)っていうギャングの集会日があってね。そんなときは夜になると戦場と一緒だよ。
メディアはロス市警が流す情報しか報道しないけど、ニュースにならない殺人なんて山ほどある。いつだって縄張りに入り込んで来ようとする奴がいるからね。
そんなときは、若い奴らを使ってそいつらのシマでドライブバイ(銃の乱射)をさせるんだ。誰がやったか相手にも警察にもわからないようにね。そういう殺人はニュースにはならないよ」
それだけ治安が悪いのに、どうして警察は取り締まらないのか。チェスターによると、ある交差点を境に、西がシェリフ(保安官)、東がLAPD(ロス市警)と縄張りが決まっており、サウスセントラルはちょうどその谷間になっているということらしい。
そんな地域で生まれ育っただけに、チェスターは、どことなく殺人を悪いことだとは思っていないようだった。私に送ってきた手紙にも、懺悔はほとんど書いておらず、自分の不幸な境遇ばかり書いてある。たとえばこんな感じだ。
「クリスマスが近づいているから、つくづく家族と一緒にいられないことが辛いよ。もう刑務所に14年もいるなんて信じられない。俺、今48だけど、もう6人も孫がいるんだ。一つ一つの大切な瞬間を家族と過ごせないって、死刑になるより辛いよ。外の人間は知らないんだよ。俺はメディアが報道してるようなモンスターじゃない」
チェスターは、手紙では犯行の動機を詳しく教えてくれなかった。だからこそ、面会してそのあたりの事情を聞きたかった。私は2度目の訪問ということもあり、単刀直入に聞いた。
——率直に言って、なんで人を殺したくなるの?
「ウチは母子家庭だったんだけど、母親がけっこうガミガミ言うタイプでね。小さいときはよく尻を叩かれたりもした。でも、俺が悪いことしたんだから仕方ないけどね。だから、大人になってからもどこか女性に対して口負けしちゃうところがあるんだ。付き合ってた女なんかにしつこく文句を言われると、それを自分の中に貯め込んじゃうんだよ。今考えると、そうやってムシャクシャしてたときがほとんどだったよ」
——それはわかる気がするよ。気に入らないことがあると誰でもムシャクシャするからね。で、実際に殺すときはどうなの?
「うーん、本当のところ、あんまり覚えてないんだよ。気が付いたら死んでるみたいな……」
——そうなんだ。
「ところでさ、グリム・スリーパーって奴知ってる?」
——ああ、名前だけは。君と同じように、サウスセントラルで女性をたくさん殺した奴だよね。
「そう。14年もたってからまた殺人を再開した変わった野郎だよ。あいつ今裁判中なんだけど、ふざけやがって自分がやった2つの殺人をまったく会ったこともない俺になすりつけやがって」
——え?そうなの?
「俺は15人全員は殺してないんだって。でも、2回目の裁判があって、最初の11人に4人殺害が加わったんだよ。もちろん、もとから死刑判決だから実際には何も変わらないんだけど。
——そうなんだ……。
「俺はもとから一人も殺してないなんて言ってないけど、やってもいない殺人を俺のせいにされるのは心外だよ。日本に戻ったらネットで調べてみてくれよ」
チェスターは、裁判で有罪が確定した際、裁判官に向かって、ターミネーターの「I’ll be back」という決め台詞を吐いている。私はそのことを思い出しながら、やはりチェスターは殺人になんの罪悪感もないのかと思った。彼が言うとおり、実際には15人殺してないのかもしれないし、もしかしたらもっと殺しているのかもしれない。
チェスターの口からは、先ほどから懺悔の言葉ではなく、自分に罪をなすりつけたというグリム・スリーパーへの悪罵が聞こえるばかりだ。その理由はいったい何なのか。
私は、以前、ある連続殺人犯が話してくれた言葉を思い出した。その殺人犯が町を騒がせた同じ時期・同じ地域に、別の連続殺人犯が登場した。そのときのライバル意識は尋常ではなかったというのだ。もしかしたら、チェスターは同じ殺人鬼であるグリム・スリーパーに対し、きわめて強烈なライバル意識を持っているのではないか。あるいは妬んでいる可能性さえある。
チェスターは、最後に「最近刑務所内が寒くてね。昔、銃で撃たれたときの弾が腰に入ったままだから、冷えると辛いんだよ」と言って、寂しく笑った。
(2016年3月13日訪問)