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【アメリカの殺人鬼に会いに行く(番外編)】「プリズンギャング」フィデル・デラリバ連載 投稿日:2017.06.07 20:00

【アメリカの殺人鬼に会いに行く(番外編)】「プリズンギャング」フィデル・デラリバ

『著者(右)とフィデル』

 

 アメリカ凶悪犯罪の専門家である阿部憲仁氏が、伝説の殺人鬼に会いに行く本シリーズ。今回は趣向を変えて、一度も殺人を犯していないにも関わらず、35年近く収監されたままの「ギャングの元幹部」に会いに行く。

「若い頃は、何でも簡単に手に入りました。金が欲しければ走って来た車を停めればいい。欲しいものは奪う、それしか頭にありませんでした」

 

 こう語るのは、カリフォルニア最凶といわれるペリカンベイ刑務所の完全独居房に長く収監されてきたフィデル・リーバだ。

 

 カリフォルニアには、メキシカン・マフィアとヌエストラ・ファミリア(以下、NF=「我がファミリー」の意)という2つの大きなギャンググループがある。フィデルは、NFの次期総督に最も近いといわれた元キャプテン。

 

 若い頃の凶暴さは有名で、欲しい物はすべて恐喝で脅し取ったという伝説を持つ。だが、その統率力は群を抜いたものがあり、熱烈な信者も多い。フィデルのすごいところは、24時間テレビカメラで監視され、眠るときも暗くならない完全独居房にいながら、外のギャングたちに殺人を指揮し、毎月10%の麻薬の上がりを徴収し続けた点だ。

 

——どうしてそんなことが可能なんですか?

 

「いざ自分や仲間が塀の中に落ちたときの保険ですよ。刑務官たちが帰宅した後の刑務所をコントロールしているのは我々ですから。手紙と面会さえ続いていれば、中から外の世界を支配することは簡単です。こちらは毎日そのことしか考えていないわけですから」

 

 外のギャングたちは、自分が刑務所の中に入ったとき、身の安全を保証してもらうため、刑務所を仕切る「プリズンギャング」たちの意のままに動かされているという。にわかには信じられないが、アメリカの刑務所の実態を知れば理解できるかもしれない。

 

 あるプリズンギャングは、金属を房内の床で何度も削って作った自作ナイフ「シャンク」を使って、中庭でバスケットを楽しむ相手を仕留めた。血流の激しくなる運動時をわざと狙った計算ずくの殺害だ。また別のギャングは、手術による縫合を不可能にするため、あえて数十回刺し続けた。

 

 同房の人間を処刑した別のプリズンギャングは、首がほとんど取れかかり左目がくり抜かれたターゲットの遺体の上にロウソクを立て、血の海の中でそれをテーブル代わりに食事していたという。

 

 こうした突出した暴力によって、プリズンギャングは刑務所という閉鎖空間を完全に支配できるのだ。ただし、フィデルは組織を脱退してもう10年になる。

 

——収監されてどれくらいになりますか?

 

「1983年から35年近く収監されています。1985年から2005年までは、SHUと呼ばれる完全独居房でした。刑務所に入る前にも、2度YAと呼ばれる少年院に入っています。私は20歳以降のほとんどは刑務所にいるのです」

 

——20年も独居生活だった?

 

「そうです。その間、意味のない決まりごとで生活をがんじがらめにされ、家族との接触、好きな食べ物、きれいな水、そして日光に当たることすら奪われていました。それだけ長く太陽に当たらないと、肌が白くなってくるのです」

 

 私は、凶暴さのかけらもない、おだやかな口調に驚き、今度は、子供時代の様子を尋ねた。

 

——どんな子供でしたか?

 

「小学校から10代にかけて、一方的な価値観を押し付ける社会や学校教育に強い不満を持ち、自分の居場所などないように感じていました。私はメキシコ出身なので、アメリカの白人文化を押し付けられることに強い抵抗を感じていたのです。もう一つ、父の酒乱がひどく、暴力に苦しめられたことで、私は次第にストリートで暮らすようになりました」

 

——居住区は相当暴力がひどいそうですね。

 

「実は、つい先日、私の兄の息子が突然現れた暴漢に拳銃で撃たれて亡くなりました。自分の18歳の誕生パーティを開いてるときのことです。甥はギャングにすら入っていませんでした。まったく無意味な抗争がいまだに続いているのでしょう」

 

——今の刑務所の暮らしはどうですか?

 

「組織を脱退して10年になりますから、現在はそうした脱退者たちを中心とする保護拘置ブロックに置かれています。ただ、揉め事自体は、現役ギャングのいるブロックより多いように思います。あなたとの面会に遅れてしまったのも、来る直前に誰かが刺され、しばらく身動きが取れなかったからなんです。サイレンが鳴ったら受刑者は地面に伏せなければ、監視塔から狙撃されてしまいますから」

 

——本来、安全な場所じゃないんですか?

 

「ギャングを抜けた後も、そうした体質が抜けず、脱退者だけで再びギャンググループのようなものを結成している者たちもいますから。笑っちゃいますがね」

 

——フィデルさん自身は安全なんですか?

 

「我々の間では、中庭や娯楽室を“読む”というんですが、共同スペースに足を踏み入れる前、必ずおかしな雰囲気がないかどうか確認します。それと中庭では、なるべく動き回ります。止まれば、そのぶん相手の攻撃を受けやすくなりますから。ただ、私のことを知っている若者たちが、いつも護衛に回ってくれるので助かっています」

 

 淡々と話すフィデルだが、正直、「伝説の男」という印象はまるで感じられなかった。

 

——なぜNFを辞めようと決めたのですか?

 

「ペリカンベイの独居から解放されたとき、私より20も30も若いメンバーたちが、平気で仲間を後ろから刺すような場面を何度も目にしたんです。それを見て、もう自分たちの時代は終わったなと思うようになりました。塀の中という閉鎖的な空間で、不信感ばかり強くなり、誰も信頼できないようなグループになってしまったと感じます」

 

——でもプリズンギャングに脱退は許されないのでは?

 

「その通りです。ですから今でも私の首には懸賞金がかかっています。私自身、そのときの心の準備はできているつもりです」

 

 フィデルの入所時の罪は強盗誘拐であり、本来の求刑は「最低15年」である。すでに15年はクリアしており、何度も仮出所の面接があったが、毎回却下されたという。その理由を問うと、仮出所を判断する委員たちが、元プリズンギャングのキャプテンという経歴に対し、強固な固定観念を持っているからだと訴える。だが、フィデルの言葉には、静かな諦念さえ感じられた。

 

「このように終身刑になっているのも、私がこれまで行ってきたすべての悪行に対する当然の報いなのです。徹底的な暴力と破壊を繰り返し、115回くらい懲罰された自分が悪いのです」

 

——家族がいるんですか?

 

「家内は高校時代からの恋人で、私が刑務所に入って最初の13年は一緒に頑張ってくれたのですが、自分を破壊する道から抜け出せない私が、自ら別れを告げました。
 娘と息子もいます。刑務所に入ったとき、娘は6歳、息子はまだ生後2週間でした。ですが、彼らの人生の中に存在しなかった私は、名ばかりの父親です。今では、面会も手紙もありません」

 

——今の思いは?

 

「私はこれまで何か遠くにある夢ばかり追って生きてきたように思います。ですが、実際には、私が本当に追い求めていたものは、すぐ目の前にあった。やさしい妻、子供たち、家や車、ちょっとのお金、自由、安心と幸せ……私は、こうした大切なものを当たり前に考えていたのです。本当の意味で人生を生きていなかったのだと思います」

 

——あなたにとってプリズンギャングとは何ですか?

 

「ギャングになって、自分勝手だった生き方が、さらに輪をかけて身勝手になりました。私のギャングとしての後半は、ある意味では、組織に対する恩返しのようなものでした。私にさまざまなことを教えてくれた先輩たちが徐々に年老いて勢いがなくなっていくなかで、私は組織に恩返ししたかったのです。先輩たちに代わって、若い世代のギャングたちに、生き方や知識を教えておきたかったのです」

 

 かつて、その凶暴さでならしたフィデルは、60歳を迎え、悟りきった人間になっていた。「いつか外の世界に出られたら、暴力とは関係のない人生を歩みたい」とつぶやくが、シャバに出られるかどうかは誰にもわからない……。

 

(2012年3月10日訪問)

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