連載
吉田戦車「ロマンスカー特急券」で懐かしの町田に行き、乾杯
連載FLASH編集部
記事投稿日:2017.10.04 11:00 最終更新日:2017.10.04 11:00
はたち前後の学生時代に、東京都町田市に住んでいた。
居酒屋でバイトをしたり、某ハンバーガーショップで発売されたばかりのテリヤキチキンバーガーを買って帰ったら生焼けだったり、いろいろな思い出が残っている。
なんといっても、この街の風呂なしアパートで、イラストやマンガの仕事を始めたのだった。そのころ描いた大量の落描きは、数年前にほとんど捨てた。正視できない若さのエキスでぐっしょり湿気ってるようで、こんなもの死んだあとに家族に見られたらたまらん、と思った。
そんな感じのわが青春の街、町田です。
今でも時々町田には行く。先日も新宿をふらふらしていて、久しぶりに行く気になった。若いころは急行で、ほとんど吊革につかまって移動していたわけだが、今は迷うことなく特急ロマンスカーに乗る。昔はそんなぜいたくなど思いつきもしなかった。
ぜいたくといっても、町田まで全席指定特急券410円。乗車券が370円。ただの移動ではなく、「非日常的な乗りものに乗る娯楽」なので、遊園地の乗りもの券と思えば安いものだ。
特急列車の魅力は「途中駅のすっとばし」に尽きる。その日乗った14時30分発「はこね33号」は町田までノンストップ。すべるように経堂駅やら成城学園前駅やらをすっとばしていき、実に気持ちがいい。
車窓からぼんやり風景をながめているうちに軽く眠ってしまい(損した)ロマンスカーはあっという間に町田に着いた。
30数年たてばとうぜん街は大きく変わっているけど、残っている店もある。本屋「久美堂」、馬肉料理屋「柿島屋」、焼き肉屋「いくどん」、町田仲見世商店街の各店、東急ハンズ……。町田ハンズは私が初めてマンガを描く道具を買った店だったと思う。
街角になつかしさの香りを求めて歩きまわっているうちに、飲まないつもりだったけど飲みたくなってきた。一人ではなんなので、そう遠くない小田急線沿線に住む、ロマンスカー好きのMさんを呼びだした。
時間ができると「目的地に目的がなくても、ロマンスカーに乗りたいから乗る」ということを50年近くつづけてきた男だ。
ちょうどヒマだったMさんと16時開店の飲み屋で落ち合う。とりあえずホッピー白で乾杯。
「何に乗ってきた? VSE?」
ロマンスカーに乗ってきたからには、とうぜんそれ確認ずみだよね、という口調。
「え? ……えーとなんだっけ……」
車両の種類になどまったく興味がない私が口ごもっていると、ダメだなこいつは、と舌うちするような顔つきになるMさんだった。
私のオタク的な方面への掘り下げの浅さと、買いものの中途半端さとは、共通する何かがあるような気がする。
するけど、どうしようもない。町田編、つづく。
よしだせんしゃ
マンガ家 1963年生まれ 岩手県出身 『伝染るんです。』『ぷりぷり県』『まんが親』『おかゆネコ』など著作多数。「ビッグコミックオリジナル」で『出かけ親』、「ビッグコミックスピリッツ」にて『忍風! 肉とめし』を連載中。妻はマンガ家・伊藤理佐さん
※本誌連載では、毎週Smart FLASH未公開のイラストも掲載
(週刊FLASH 2017年10月10日号)