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村田諒太、2回TKOでブラントに雪辱!
I'm Ready!FLASH編集部
記事投稿日:2019.07.18 18:30 最終更新日:2019.07.30 13:59
何と劇的な勝利だろうか! WBA世界ミドル級前王者の村田諒太が7月12日、エディオンアリーナ大阪で現王者のロブ・ブラントを2回TKOで下して世界チャンピオンに返り咲いた。昨年10月の第1戦はフルラウンド戦った末に完敗。どん底に突き落とされた村田はどのように這い上がり、周囲の予想を覆す勝利を手にしたのだろうか──。
不甲斐ない敗戦からおよそ半年がたった4月25日、都内で開かれた再戦発表の記者会見に宿敵ブラントと臨んだ村田は「これだけのチャンスをもらって、これで負けるようだったらプロとしての価値はない」とまで言い切った。
いくら背水の陣とはいえ「肩に力が入りすぎでは」と思わせるほどのコメントだったが、村田は屈辱をモチベーションにはしても、決して感情には流されず、前回の試合を徹底して反省し、日々のトレーニングを積み重ねた。「(前回)と同じファイトをするつもりは、まったくありません」と村田。テーマは「変わる」だった。
前回の反省とは──。村田が最も意識した一つが「身体を起こされないようにすること」である。前回の試合では足が動いていなかったし、上体が立ってしまい、ブラントの高速連打を浴びると前に出ることも、手数を出すこともできなくなった。特にワンツーからスリーとなる左のパンチで顔を跳ね上げられたシーンは、再戦では絶対に避けなければならなかった。
身体を起こされないようにするためには足腰を踏ん張りが利く姿勢を貫くことである。それは筋力強化という問題ではなく、意識の徹底しかない。リングの対角線上に細いロープを張り、そのロープを、腰を落としてダッキングしながらくぐる。これまで見られなかった、基本的な下半身の動きに重点をおいた練習はどこまでも地味で、かつ非常に重要だった。
ミット打ちを、世界でも評価の高いミット持ちである田中繊大チーフ・トレーナーからカルロス・リナレス・トレーナーに代えたのも「変わる」というテーマをより徹底させる意味があったろう。カルロス・トレーナーは、もともとミドル級選手で体格はブラントに近い上に30歳と若く、3階級制覇の兄、ホルヘ・リナレス譲りのスピードをあわせ持ち、仮想ブラントにはうってつけだった。
ミット打ちは、動き回るカルロス・トレーナーを追い続けながら連打を打つ、とても心肺機能的にとても厳しいもので、常に重心の位置や、下半身の動きを意識したものだった。
さらにカルロス・トレーナーは発泡スチロールのスティックをブンブン振り回し、それを動きながらよけさせる、という練習も取り入れた。「やるべきことはすべてやる」。村田の意思が練習からは確かに伝わってきた。
この2カ月、村田は訪れる報道陣に対し、「練習はうまくいっている。(過去最多となる4人のパートナーを米国から招いた)スパーリングも調子がいい」と好調をアピールし続けた。いや、アピールではなく、本心からそう感じていたのだ。帝拳ジムの浜田剛史代表も「こんなにスパーリングでいい村田は、プロになって初めて」と繰り返したのがその証であろう。
精神面の「変わる」も大きなテーマだったと言えるかもしれない。「前回の試合前は、練習でもハングリーではなかった」と村田は振り返っている。それはわずかな心のスキだったはずだ。技術的にも、精神的にも、負けて初めて気が付いた綻びを、村田は一つずつ繕っていったのである。
こうして徐々に期待が高まったとはいえ、いかんせん第1戦が完敗なのだ。「いくら調子がよくても、本番で出なかったら意味がない」と必ず付け加えていた村田の言葉にも、大いに説得力を感じたものだ。
一方、村田を迎え撃つブラントは時差と梅雨の湿度対策のため、試合2週間前に来日。メディア対応はすこぶるよく、心身ともにコンディションはベストのように見えた。村田は対策を練ってくるだろうから、前回以上のハイスピードで対応すると宣言し、「ハイペースな試合展開を予想し、テクニックとスタミナを鍛えてきた。村田のパンチは私には当たらない」と話す姿は、憎らしいほどの余裕を感じさせた。
英国のブックメーカー、ウィリアムヒルが出したオッズは、ブラントの勝利が1.28倍、村田の勝利が3.5倍だった。ミネアポリスのスピードスター、ブラントがまたしても機動力を発揮し、強打の村田を空転させる。そんなシナリオまで描いていたかは定かでないが、世界的にも日本のスター、村田のリベンジは「難しい」と見られていたのである。
12日の大阪は蒸し暑く、空はどんよりと曇っていた。村田にとってラストファイトになるかもしれない夜。「村田よ、勝ってくれ」という思いがギュッと凝縮したエディオンアリーナ大阪、21時29分、決戦のゴングは鳴った。村田はファンの熱い声援をエネルギーを変え、身体の奥底から湧き上がるようなパワーを爆発させた。
スタートから前に出たのは作戦通りだった。ブラントのような技巧派は乗せてしまってはいけない。村田は注意深く腰を落として前に出た。ブラントは予想以上に出てきたが、ワンツーからスリーを浴びても、決して上体が起き上がることはない。前でブロックして攻撃につなげ、ブラントの距離にさせず、練習してきたことをリングの上でしっかり出せていた。
圧力をかける村田に対し、ブラントも打ち合いに応じる。村田はボディブローを含めてコンビネーションがいい。顔面への右もあったし、最初から手が出ていることひとつとっても前回とは大違いだ。のちに初回の採点はジャッジ2人がブラントにつけていることがわかったが、村田はいきなり右アッパーを食らった前回の試合とは対照的に、好スタートを切ったように見えた。
2回に早くも山場は訪れる。村田の右ストレートが王者の顔面をとらえると、ブラントはフラフラに。ここぞとラッシュする村田は左フックも決め、ブラントが尻からキャンバスに転がる。エディオンアリーナ大阪は地鳴りのような大歓声だ。
立ち上がったブラントに村田が襲い掛かる。チャンピオンも必死だ。なんとかエスケープしようとガードを上げ、ゆらゆらとリングをさまよう。村田は上下に打ち分ける。「はよ、止めてくれ!」。息が上がり、叫びたくなるような気持ちだった村田は、それでも冷静に右アッパーから左ボディを打ち込み、手負いのブラントの息の根を止めにかかる。追撃したところで、ついに主審が試合をストップ。TKOタイムは2回2分34秒だった。
興奮冷めやらぬ試合後の控え室で、村田は「被弾も多かったのでは?」という質問に次のように答えた。「(被弾)しましたね。いや、前に行くしかないと思っていましたし、もうこの試合が最後になるかもしれないという気持ちもあったので、絶対、後悔したくないと思っていました。練習では、相手がきて、そこで前、そこで前というのを、繰り返しやっていました」。
本田会長は「とにかく気持ちですよ。半歩前。それがあるかないかで、試合が決まるというようにやってきた。期待通り。さすがに彼は持っていますよ」とコメント。浜田代表は「相手も予想以上に出てきたので、それが逆に良かったんじゃないかと思った。前回の反省を踏まえて、相手が打ってきたときには同時に打つという考えもあった。パンチが同時に当たれば村田のほうが上回っていく、と。1ラウンドでも12ラウンドでも構わない。それが2ラウンドに来たということです」話した。
この一戦にボクシング人生のすべてをかけていた。村田は試合翌日、この3、4ヵ月ほどコーヒーを絶っていたというエピソードを明かしている。マックスのテンションでスパーリングに臨むため、いたずらにテンションを高めてしまうカフェインを日ごろから摂らないようにしたというのだ。そこまでして勝利にこだわった。ハングリーだったのは間違いなくブラントではなく、村田だったと言えるだろう。
村田をアメリカでプロモートするトップランク社のボブ・アラムCEOは「村田は本当に王者らしい試合をした。アルバレスとも試合をさせたい。勝てる可能性を秘めている」と今回の試合を高く評価した。ミドル級でWBAスーパー、WBCフランチャイズ、IBFのベルトを巻くメキシコのサウル“カネロ”アルバレスは、いまや全階級を通してボクシング界で最も稼ぐ男だ。経済誌「フォーブス」の発表したスポーツ選手長者番付では、年収約103億円であらゆるスポーツを通じて世界4位である。
引退と背中合わせの状態から、一気にひっくり返し、大物プロモーターの口からスーパースターとの対戦話まで引き出した村田。次戦への期待も膨らむが、まずは、日本のボクシング界にとっても、本当に重要な一戦に勝利したことを讃えたい。
写真/山口裕朗