それでも未知なるプロボクシングのリングで、安心しては戦えなかった。柴田が追い込まれながら放ったカウンターに、村田は今までにない危険を感じたという。「金メダリストが予想以上の圧勝」と評されたこの戦いでも、村田は必死だった。
しかし、試合後の囲み会見で報道関係者に、その本音が見透かされることはなかった。入場時に笑顔を見せていたことで「オリンピックしかり、どうしてそれほど楽しそうに戦えるのか」などの質問が出たほどだ。
「押しつぶされそうな自分自身に嘘をつくため」などとわざわざ答える理由もなく、村田は淡々と試合の感想を語り「今後も世界王座を奪取するために一戦一戦大切にキャリアを積んでいきたい」と話した。
あれから3年半が過ぎ、村田は12戦のキャリアを積んだ。プロボクサーとして技術的な改善が進んだことは言うまでもなく、村田は己のマインドコントロールでも大きな成長を見せている。「なぜ人は戦う前に怖くなるのか」を分析すると、自分では操作できないものまで操作しようとしていることが要因にあると思った。
「ボクサーはキャリアを積むほど多くの人に応援されるようになって、そのぶん、多くのものを背負うようになります。ただ、実際にコントロールできるものは多くならない。コントロールできるのは、結局、自分自身のパフォーマンスだけなんです。それなのに、ジャッジの採点を動かそうとして、お客さんの反応まで気にしてしまう。無理なことをやろうとすればそのぶん、空回りする可能性が高まります」
あくまで自分のベストパフォーマンスを目指すのみ。その心持ちでいれば、もう試合を恐れることはないのかと聞くと、村田は、「最大の壁」として何度も話してきたあの男の名を挙げてこう答えた。
「例えば、誰もいない一室で(ゲンナディ・)ゴロフキンと試合をして、その結果が外には伝わらないと言われたら、何も恐れず殴り合いますよ。でも現実的にはそんなことはありえない。けれど、そんなふうに思えば開き直れると思っています。対戦がまったく具体化していないから言うわけじゃなくて、僕はいつでもゴロフキンと戦うつもりでいるんです」