特別展「国宝 鳥獣戯画のすべて」が、5月30日(日)まで、東京・上野の東京国立博物館 平成館で開催されています。「鳥獣戯画」は日本人の誰にとっても親しみある作品でしょう。
今回、展覧会史上初めて、会期を通じて、甲・乙・丙・丁全4巻、合計44メートルを超す全場面を見ることができ、連日、朝から老若男女、多くの人が鑑賞に訪れています。
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展覧会は日時を指定したオンラインでの事前予約制になっており、人気のため直近の予約はなかなか難しいですが、ようやく私も行ってきました。4巻のうち一番有名な「甲巻」を動く歩道に乗って鑑賞するのも、展覧会史上初めての試みです。
動く歩道の手すりベルトに肘をついて、かぶりつきで見る甲巻は新鮮。人気の展覧会でありがちな、誘導スタッフの「止まらず動きながら見学してください!」というアナウンスがなく、じっくり国宝と向き合えます。
31.1cm×1156.6cmですから、あっという間に時間が過ぎてしまうのですが、満足度は大。「いま描いたかのように、線がみずみずしい」と、隣の女性が感嘆の声を上げていましたが、同感です。
2009年から4年がかりでおこなわれた本格的な解体修理により、甲巻は第10紙と11紙を境に、前後で料紙の紙質が大きく異なり、別の時代の別の絵師によって描かれたことがわかりました。
鑑賞には眼鏡を忘れないことをおすすめします。墨の濃淡から筆致の違いまで、素人の私でもよくわかりました。
それにしても動物たちはなんと生き生きしているのでしょう。それは、意表をつく場面展開にも理由があるそうです。
絵巻物は見る人の視線が右から左へ移動するので、そこに描かれた物語も右から左へ動くのが一般的です。ところが、絵巻の表現が発達した平安時代後期の日本では、アクセントとして、時に左から右へ逆方向の動きをする絵を配することがあるのだとか。
甲巻では、その動きを予感させるよう、その直前に、常に彼らを見やる他の動物がいます。動物の視線に導かれながら目線を移動してみました。すると、確かに左から右へ動く動物が現れます。次々に現れる11種類の動物の表情と動き、何度見ても飽きません。
もちろん甲巻だけでなく、全巻とも魅力にあふれています。なにより、擬人化された動物たちや登場する人々は、みな笑っているか、ときに何かに驚いた表情をしていることに気づきます。
愛らしくユーモラスな姿や、楽しげに遊びに興じる動物や人間を見て、こちらも何度となく笑顔になりました。800年の時を超えて現代に残る国宝ですから、その時代時代に大切にされてきたことは明らかですが、誰がどんなふうにこの巻物を楽しんでいたのか、想像が膨らみます。
ところで、展覧会は「国宝 鳥獣戯画のすべて」と題しているように、現存する5つの「断簡(甲巻4点と丁巻1点)」と呼ばれる巻物の一部分を掛け軸にしたものや、オリジナルを手本に模写した「模本」も出展され、鳥獣戯画の全貌に迫ります。
たとえば、「断簡」には、現在の鳥獣戯画4巻の紙継ぎに押された朱色の高山寺印がありません。それは、高山寺の十三重塔や僧房などが焼失した天文の乱(1547年)から江戸時代初期までに、これらの断簡が寺から離れたことを示すのだそうです。鳥獣戯画は巻物の形でないときもあったのですね。
「模本」は、現在では失われてしまった絵を知る重要な手がかりです。現状の甲巻は「錯簡」(画面の順序が入れ替わること)の指摘もあるそうですが、模本により、それ以前はどんな順序だったかを知ることもできます。断簡や模本を参考にして再構成した鳥獣戯画のパネルは興味深いものでした。
この鳥獣戯画、実はいまだ謎だらけなのだそうです。平安時代後期から鎌倉時代に制作されましたが、誰が描いたのか、何のために描いたのか、絵師も主題も、表現の特質などについても研究途中。
いつ高山寺に鳥獣戯画が伝わったのかも確かではないと知り、読み応えたっぷりの厚さ4cmもある図録を買いました。図録を読むと、研究者によりさまざまな見方があることがわかります。
ついでと言ってはなんですが、6種類のフィギュアが出るガチャもウサギが出るまで散財しました。
京都の北西、のどかな自然あふれる栂尾(とがのお)の高山寺に伝わった鳥獣戯画。鎌倉時代の僧、明恵上人によって再興されたこの学問寺は、栄西禅師が宋から持ち帰った茶の実を明恵に伝え、日本で初めて茶を作った場所でもあります。
同展に展示された秘仏の重要文化財「明恵上人坐像」のお姿や、明恵上人がかわいがった子犬の木造彩色の像を見て、いつか高山寺にも行ってみたくなりました。
5月中旬の茶摘みに向けて、いま寺は新緑に包まれていることでしょう。もしも高山寺で鳥獣戯画を見たら、どんな気持ちになるのか、感じてみたいです。
●横井弘海(よこいひろみ)
東京都出身。慶應義塾大学法学部卒業後、テレビ東京パーソナリティ室(現アナウンス室)所属を経てフリー。アナウンサー時代に培った経験を活かし、アスリートや企業人、外交官などのインタビュー、司会、講演、執筆活動を続ける。旅行好きで、訪問国は70カ国以上。著書に『大使夫人』(朝日新聞社)