6月17日、東京・築地本願寺のお膝元にある「築地木村屋」が創業111年をもって、その歴史に幕を閉じます。罌粟(けし)あんぱんを筆頭に、個性的なパンで人気でした。
閉店を惜しむファンの波は、1日中引くことがありません。6月11日の夕方に店を訪れると、「品物が追いつかなくて。今日の午前中に明日のぶんまで売れてしまいました」と、木村屋ペストリーショップ代表取締役の内田秀司さんが話してくれました。
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私もこの店のパンが大好きです。どれもこだわりを感じます。
たとえば、明治時代から続く罌粟あんぱんの、あんの口どけのよさとパンのふんわり加減。
「牛すじ玉ねぎカレーパン」は買ってから数日経っても、オーブントースターでチンすれば、揚げパンのカリっとした食感を味わえます。辛すぎない味わい深いカレーとパンのマッチングも絶妙です。
カステラに小豆のあんこを挟み込んだ「シベリア」も、カステラはショートケーキのスポンジのよう。小豆はサラッとした味で、他にないなぁ。
築地木村家の創業は1910年(明治43年)。福岡県小倉市出身の内田栄一氏が、銀座木村屋で修行の末、のれん分けしてもらい、開店しました。3代目・豊二氏の時代には永田町の衆議院議員会館にも支店を出していたため、政界にもファンが多いそうです。
そして、4代目窯元が豊二氏の甥にあたる秀司社長です。
「社長に就任したとき、木村屋はすでににぎわっていました。6年前から、牛すじカレーパンを販売し、おかげさまで人気となりました。商いは日々闘いだと思いながらやってきました。でも、この決断は、将来さすがだったと思っていただけると信じています」と内田社長は語ります。
閉店の理由は、店舗の老朽化と築地市場の移転、そしてコロナ禍の影響です。
木造3階の建物は関東大震災後に建て直したもので、第2次世界大戦でも焼けずに残りました。6年前から建て替え計画をスタートさせ、億単位の借り入れも、築地木村屋100年の信用のおかげで問題なく取りつけたと言います。
ところが、小池都知事のたび重なる姿勢転換の末、2018年に築地市場の豊洲への移転が決定。これが地域と関係者に大きな影響を及ぼすことになりました。
「築地場外市場にあった木村屋の店舗の売り上げは半分になり、この店舗も2割減となりました」
そうこうしているうちに、コロナ禍に見舞われます。
「リモートワークが増え、レジャーで築地に来る人が減ったことは、閉店の引き金となりました。もう大きなマーケットを追う時代ではないのかもしれません。
さらに、健康志向が強まっていることもパンを作る仕事を考えるきっかけとなりました。というのも、いまアレルギー問題も増え、シュガーフリーとかグルテンフリーという流れがあります。
もしもそれが当たり前になったら、ウチのパンは作れなくなってしまうでしょう。億単位の建て替えはあまりにリスクが大きく、方針を変更しました」
築地の土地は売却し、65歳を超える名人級の職人の方々の退職金を1円でも多く払えるように考えているそうです。「朝5時から毎朝あんなに苦労してくれた方々に報いたい」と内田社長。
店の開店は朝7時で閉店は夜8時。出来立てのパンが1日何度も店に並ぶのも人気の秘密でした。最盛時には1日3000~4000個のあんぱんを製造したそうです。
「いま、閉店を知った方がたくさんお見えくださり、ありがたい限りです。でも、現状は自分のなかでは “基準” が違うのです。時代の転換期に差しかかっているならば、時代に乗ったほうがいい。
もしもこれからあんぱんを作ることがあれば、今度は茶席で食べていただけるような、人間の美意識に訴える、すべてのお茶に合うような究極の一品を作ります」
パンを作らなくなったら、内田社長は何をするのでしょう。
「22年前に社長業を継いで、頑張ってやりつくした感もあります。その強みを磨き、真剣に仕事しているのに困っている人がいたら、それを助けられないかなとも考えています。お店は閉じますが、これから、なにかが始まるかもしれないと考えています」
東京のほぼ中心にある築地の町の変貌は、時代を映す鏡のようにも思えます。
1657年の明暦の大火直後の復興計画で、隅田川河口の埋め立てにより築地ができ、江戸時代は武家屋敷、明治には外国人の居留地。海軍の発祥の地でもありました。関東大震災以降は、下町風情あふれる町となり、料亭や待合の町でもありました。
いま築地を歩くと、あちこちに高層マンションが建設され、新しい人たちが流入していることがわかります。その陰で、築地木村屋と同じ一角では、後継者がいないという理由で、80年以上の歴史をもつ豆腐屋さんが7月に店を閉じます。
惜しまれながら閉店の道を選んだ築地木村屋。あのパンが食べられなくなるのはさみしい限りですが、内田社長の次なるチャレンジを応援したいと思います。
●横井弘海(よこいひろみ)
東京都出身。慶應義塾大学法学部卒業後、テレビ東京パーソナリティ室(現アナウンス室)所属を経てフリー。アナウンサー時代に培った経験を活かし、アスリートや企業人、外交官などのインタビュー、司会、講演、執筆活動を続ける。旅行好きで、訪問国は70カ国以上。著書に『大使夫人』(朝日新聞社)