先日、知人がフェイスブックに、亡き母上の日記をアップしていました。偶然、手にしたという、知人が生まれた年の日記。大晦日のページには、母となった幸せ、期待と不安、子の健やかな成長を願う言葉が素直に綴られていました。
「未熟な育児で、本人にはさぞ迷惑なことも多かったろう」という一文に、母上の謙虚なお人柄も伝わり、心が温かくなりました。
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ところで、さまざまな人が書いた直筆の日記、手帳、スケジュール帳を約400冊常設展示する「手帳類図書室」が人気を集めています。
紫式部など「有名人」の日記を私たちは文学として読めますが、見ず知らずの人の個人情報満載の日記や手帳を読める手帳類図書室。他人の秘密をのぞき見するような、少しの後ろめたさを感じながら、明治神宮にほど近い住宅街にある「ピカレスクギャラリー」に付属する図書室に伺いました。
一番多く訪れるのは20代のカップルと女性。大学生3人組などが来ることもあるそうです。
「複数で来ても、読むときはそれぞれ別に読んでいます。カップルは面白い部分を見つけたら、『見て、見て』とお互いに手にした日記を見せ合ったりして、ひとつのデートスポットとして楽しんでいるように感じます。
女性ひとりの方も、日記好きであるとは思いますが、水族館やカラオケに行くような感覚で、面白そうだから来ているのでは。日記や手帳を見て、学ぶというより、こういう人生もあるのだな、面白いなと思っていらっしゃる感じがします」
こう、ピカレスクギャラリーの吉原さんが語ってくれました。
図書室は、目録を見て、読みたい手帳類を選ぶシステム。在架は日記帳が6割でスケジュール帳が4割。日記は女性のものが7割を占めます。
目録1枚1枚に持ち主の性別、年代、職業などの属性と、手帳類の種類、書かれた年に加えて、この手帳類を収集された志良堂正史(しらどうまさふみ)氏による中身の紹介や所感が記されています。
この紹介文が読み手の興味を倍増させます。志良堂氏の本業はゲームソフトのプログラマーです。2014年に収集を開始。ゲームを作る参考にしたいと思って始めましたが、読み始めたら手帳類自体が面白くなって、今ではコレクションが約2000点。読みやすいもの、読んでもいいものを選んで公開し、現在も寄贈を募っています。
持ち主の職業は、風俗の女性、ラジオDJ、舞台女優、警察官など多彩。自分の人生では知ることのない、未知の世界が純粋に興味を引きます。志良堂氏本人のものもあります。
目録を読むだけでも面白くて、結局、数時間滞在して何人もの日記や手帳を見せていただきました。
選ぶノートも、書かれた文字の色も大きさも、人それぞれ。最近はネットの活字ばかり見ているせいか、1ページ1ページめくりながら目に飛び込んで来る手書き文字の力に、さらなるリアリティを感じます。
閲覧の人気が高いのは、デリヘル嬢の私的な仕事日誌。ピンクのノートは圧倒的な迫力でした。これを読む男性はたいてい無言になり、女性はちょっと引くとか。ネタバレは申し訳ないので書きませんが、こんなふうに書かないとやってられないのだろうなぁと思わせる内容です。
精神を病んでいる女性の日記もあり、その苦悩にこちらまで胸が苦しくなりました。日記にはスタートとゴールがある迷路がいくつも書いてありました。その意味が何だかずっと考えています。
デザイナーさんの分厚いスケジュール帳は、出かけた展覧会のチラシとチケット、新聞の切り抜きがスケジュールとともにキチンと整理され、これは私も使えるという感じ。
そして、数少ない男子高校生の恋愛日記は微笑ましく、ページをめくるたび、クスッと笑いました。日記の表紙に、大きな緑色の文字で「○○ちゃんは素晴らしい人です」と恋心を表明。こんな純な心、とっくに無いかもしれませんが、忘れたくないですね。
田中祐介著『日記文化から近代日本を問う 人々はいかに書き、書かされ、書き遺してきたか』(笠間書院)の冒頭に、「虚実が入り混じり、読み手の解釈によりさまざまな相貌を見せるうえに、書き手が想像しなかった意味をも見出すことができるテキスト、日記」という文章があります。
手帳類図書室で公開されている日記がこの文章に当てはまるかどうかはわかりません。でも、日記って不思議。のぞき見ではなく、驚き、共感、心配、憧憬。縁もゆかりもない人なのに、さまざまな感情がわきました。
志良堂さんにコレクションの今後を伺いました。
「日記を深く味わっていただきたいという思いから、コロナ禍までは、手帳類を読んだ感想や知見を共有する『読み会』をおこなっていました。集まった私的な記録がこれからも長く残され、直接手にとって読める形も維持しながら、読まれ続けることを願っています。この手帳類プロジェクトの活動に興味のある方はTwitterや公式サイトからいつでもご連絡ください」
手書きの文字から伝わる生のエネルギーの記録、皆さんも一度ご覧になってみてはいかがでしょう。
横井弘海(よこいひろみ)
東京都出身。慶應義塾大学法学部卒業後、テレビ東京パーソナリティ室(現アナウンス室)所属を経てフリー。アナウンサー時代に培った経験を活かし、アスリートや企業人、外交官などのインタビュー、司会、講演、執筆活動を続ける。旅行好きで、訪問国は70カ国以上。著書に『大使夫人』(朝日新聞社)