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談志一門初の女性「立川こはる」が乗り越えた男尊女卑の壁芸能・女子アナ 2019.10.08

談志一門初の女性「立川こはる」が乗り越えた男尊女卑の壁

独演会では毎回、新ネタおろしに挑戦し続ける

 

「女に落語は無理である」

 

 生前、「努力とは、馬鹿にあたえた夢」をはじめとする名言を通じて、人の精進を讃えてきた天才落語家立川談志は、こう断言していた。

 

 談志が、みずから家元となって立ち上げた「落語立川流」に、女性で初めて入門したのが、立川こはる(37、二ツ目)だ。彼女の師は、ドラマ『下町ロケット』の経理部長・殿村役で話題となり、落語界における「令和の名人」との呼び声が高い、立川談春である。

 

 

 こはるが立川流の門を叩いた2006年当時は、落語界全体で女流が10人ほどしかおらず、同業者からも観客からも “差別” を受けていた時代。大学で落語研究会に所属していた頃から、落語会に足繁く通っていた彼女自身も、女流蔑視を肌で感じていた。

 

「寄席で女流が出てくると、席を立って帰るお客さんがいました。落語家になろうと思う前もあとも、『女性で落語家というのは、本当に厳しいんだな』と思っていました」

 

 しかしそれでも、「憧れの談春の弟子になりたい」という思いがどうしても抑えられず、茨の道を進む覚悟で、弟子入りを嘆願した。そして、談春と初めて面談をする直前、それまで左右に結んでいた長いおさげ髪をバッサリと切り、現在まで続くボーイッシュな短髪スタイルになった。

 

「短髪が女流落語家人生で、なんの役に立つわけでもないでしょうが、決意みたいなものだったのかもしれません。

 

 このルックスのお陰で、『女流です』と言って高座に上がるのに、いまだに『坊や、いつ声変わりするの?』と年配の女性のお客さまに言われることがあります(笑)」

 

 その熱意が功を奏したのか、なんとか入門は認められた。談春のカバン持ちを始めたのが、2006年の3月31日。こはるは、その日のことを、いまでも鮮明に覚えている。

 

「『落語協会』『落語芸術協会』『立川流』という3派が、組織の垣根を越えて集う、新宿末廣亭での特別な会でした。出演者は20人を超え、楽屋は足の踏み場もない状況です。

 

 年長の大師匠方こそ、座る定位置が用意されていましたが、師匠の位にある『真打ち』であっても、若手中堅の方々は、立って出番を待っていらっしゃいました。

 

 そして、隅の60平方センチほどの狭いスペースで、前座さんがお茶を入れたり、太鼓を叩いたり、出演者の着物をたたんだり、その日に演じられた噺をネタ帳に記していたり……。飛行機のコックピットみたいな狭い世界の中に、目には見えない、細い動線が存在していることに驚きました。

 

 たまたまその日に前座働きをされていたのが、橘ノ美香姉さん(現・三遊亭藍馬師匠)でした。私はまだ『見習い』の身で、お手伝いすることも許されておりませんでしたが、同じ女性ということもあり、未来の自分を姉さんに重ねていました」

 

 こはるはそこで、あることに気づく。

 

「楽屋の師匠方が、素知らぬふりをされながら、姉さんの一挙手一投足を、横目でしっかりと見ていらっしゃったんです。そのとき……これは私の勘違いかもしれませんが、師匠方の視線に、減点する場所を探されているような気配を感じまして。

 

『とくに女性は、ここできちんと出来ないと非難を浴びるな』と、これから歩み始める女流落語家という道の険しさに、恐怖心を覚えました」

 

●悔しさを原動力に…立川流への“差別”を感じたひと言

 

 以来、7カ月の見習い期間を経て、10月に「前座」の身分を与えられ、高座名「こはる」を授かった。すると、前座修業を始めたこはるの前に、“第2の差別の壁” が立ちはだかる。それは、落語協会を脱退して独自の道を進む立川流に、落語界の他流派から浴びせられたものだった。

 

「相模女子大学グリーンホールで、当時は月1でおこなわれていた、『八起寄席』という落語イベントでのことです。立川流以外の落語家も出演するその会は、めずらしく立川流の前座だけが順番に楽屋仕事を担当する現場で、私も2007年からローテーションに入り始めました。そしてある日、他流派の真打ちの師匠のひと言に、愕然としたんです。

 

『なに、立川流の前座さん? さわらないで、着物。たたまないで。なにもできないんでしょ、立川流さんは』

 

 そして、ご自身で着物をたたまれていました。その師匠がどうしてそうおっしゃられたのか、挨拶と返事しか言葉が許されていない前座の身分では、理由を知ることはできませんでした。ですから、その場では閉口するしかありませんでした」

 

 立川流は設立の経緯から、いまでも『新宿末廣亭』『上野鈴本演芸場』『浅草演芸ホール』『池袋演芸場』の東京4大寄席で毎日開催されている、「定席」に出入りすることができない。同時期に入門した他流派の落語家と比べて、雑用を経験する機会が圧倒的に少なかった。

 

「寄席経験のない立川流には、『楽屋のルールを知らない』『一門以外の師匠方への気遣いができない』『太鼓をはじめ、鳴り物がきちんとできない』というイメージがありました。実際、立川流にはそういう前座も多かった。そのうえ、よその前座との交流が少なく、情報交換ができない負い目もあります。

 

 でも、『八起寄席』のときは、実際にできるかどうかすら関係ありませんでした。『立川流は “差別” されている』ということを、肌で感じたんです。

 

 当時よく一緒に前座仕事に出ていた立川松幸(現・幸之進)兄さんに相談し、『本当に悔しい。私たちだけで楽屋を回せるぐらい、ちゃんとできるようになろう』と固く誓い合いました」

 

 こはるは、そのときの悔しさを原動力に、師・談春や談志一門の前座仕事だけでなく、縁あって声がかかった他流派の仕事にも、きちんと対応して実績を重ねた。やがて、「キミ、立川流のお弟子さんなの? へ~きちんとやってくれるんだね」と高評価を受けるまでになった。

 

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